中東かわら版

№8 イエメン:「決意の嵐」作戦への反応

 3月26日にサウジなど10カ国が「決意の嵐」作戦と称してハーディー前大統領派に与してイエメンでの紛争に介入して以来、この問題へのイスラーム過激派の反応は極めて低調だった。これに対し、イラクで活動する武装勢力(バアス党やナクシュバンディー教団のリジャール軍)、シリアの「穏健な」反体制派はいち早くサウジなどの軍事行動に支持を表明した。前者は、フーシー派を支援しているとされるイランに対抗するアラブ民族主義的な発想から支持を表明し、後者はイエメンに対する軍事介入に参加しているサウジをはじめとするGCC諸国から公然と援助を受け、政治的にこれらの諸国に迎合することは予想された反応だった。

 一方、アラビア語の有力報道機関では、現在のイエメンでの紛争はフーシー派とそれを支援しているとされるイラン=「シーア派陣営」に対して、それに対抗するハーディー前大統領派とこれに与する「決意の嵐」作戦参加国=「スンナ派陣営」との間の「宗派紛争」、「イラン対サウジの代理戦争」との単純な対立構図で理解されている。それ故、シーア派をはじめとする他宗派・異教徒をひたすら攻撃する行動様式を旨とする「イスラーム国」がこの問題にいち早く反応しても不思議ではなかった。「イスラーム国」が「サナア州」などを設けてイエメンにも同調者を持つようになっている現状を踏まえれば、なおさらのことである。しかし、「イスラーム国」は、4月14日に「ホムス州」名義で「イエメンの民へのメッセージ」と題する末端の戦闘員の演説を発表するまで、今般の情勢になんら反応しなかった。メッセージの主な内容は、「イスラーム国」はイエメンにまで拡大しており、スンナ派はラーフィダ(シーア派の蔑称)に対抗し「イスラーム国」の許に集結せよとの呼びかけである。

 画像:「イスラーム国」の「ホムス州」が発表した「イエメンの民へのメッセージ」の広告

 また、長年イエメンを主な活動の場としてきた「アラビア半島のアル=カーイダ」の反応も鈍かった。同派は、イエメンでの紛争においてフーシー派、サーリフ元大統領派、ハーディー前大統領派などほぼ全ての当事者と対立している上、サウジに対しても閣僚の暗殺を試みたり、長期間にわたって外交官を人質としたりして敵対している。このため、「アラビア半島のアル=カーイダ」は、イエメン紛争に関与する内外の当事者のいずれに対しても批判的・敵対的に反応することが予想された。しかし、同派は4月8日付でフーシー派指導者のアブドゥルマリク・フーシーとサーリフ元大統領の両者に対し「捕らえるか殺害するかした者に金20kg」を支払うとの賞金をかける布告を出したにとどまり、情勢全般については論評しなかった。

画像:4月8日付で出回った「アラビア半島のアル=カーイダ」がフーシー派の指導者とサーリフ元大統領に賞金をかける声明。

評価

 「イスラーム国」や「アラビア半島のアル=カーイダ」、或いはシリアで活動するイスラーム的な思想傾向を持つ武装勢力にとって、イエメンでの紛争は「シーア派によるスンナ派への攻撃」ではあるが、「決意の嵐」作戦の参加国も彼らにとっては本来は「イスラームから逸脱した背教勢力、十字軍の追従者」でもあるため、どのような反応があるかが注目された。今般、シリアの「穏健な」武装勢力とみなされる諸派が作戦の支持を表明したことは、これらの諸派が政治的にも軍事・財政的にもGCC諸国に支援されていることから当然の反応ともいえるが、その一方で、「イスラーム国」や「アラビア半島のアル=カーイダ」の反応には若干の考察が必要であろう。

 「イスラーム国」のメッセージは末端の戦闘員の演説であり、組織全体の立場表明とはいいがたいものではある。しかし、演説の中で一応サウジなどについて批判的に言及したものの、メッセージの意図するところは「イスラーム国」こそがスンナ派の擁護者であり、他の諸派ではなく「イスラーム国」につくようにとの呼びかけであり、サウジをはじめとする「決意の嵐」作戦に参加する諸国の為政者に対する敵対的な呼びかけは含まれていない。また、本来はサウジを主敵としているはずの「アラビア半島のアル=カーイダ」は、「決意の嵐」作戦の攻撃対象であるフーシー派、サーリフ元大統領派への敵意を表明し、「決意の嵐」作戦に迎合・奉仕するかのような態度を表明した。同派は、2012年以来人質としてきたサウジ人外交官を何の公式発表も見返りもなく解放するなど、イエメンでの紛争が深刻化する中でサウジに対する迎合的な態度が目立つ。

 一方、「決意の嵐」作戦に参加した諸国についても、ハーディー前大統領派を「正統な政府」として支援し、これと敵対するフーシー派、サーリフ元大統領派を攻撃する一方で、出口戦略に当たる、作戦の最終的な目標や、今後のイエメンの政治体制や地域の安全保障についての構想があいまいなままである。その上、「決意の嵐」作戦に参加する諸国にとっても、本来は「イスラーム国」や「アラビア半島のアル=カーイダ」が勢力を伸ばすことは望ましくないはずとされているが、軍事介入の動機付けや今後の構想の中でイスラーム過激派にどのように対処するかについて、立場も方針も示されていない。

 以上に鑑みると、現状は紛争の構図を「宗派対立」や「反イラン」に設定し、フーシー派と同派と連携するサーリフ元大統領派を攻撃する点で、サウジなど「決意の嵐」作戦参加国と「イスラーム国」、「アラビア半島のアル=カーイダ」との利益が一致しているという奇妙な状況にある。

(イスラーム過激派モニター班)

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