中東かわら版

№127 イスラーム過激派:「イスラーム国」の生態:EU諸国の治安状況の見通し

 13日のパリでの襲撃事件を受け、フランスは事件についての捜査と関係者らの摘発を進めると共に、シリア領内での「イスラーム国」に対する爆撃を強化した。日本時間の18日には、フランス国内での捜査の過程で銃撃戦が発生、警官複数が負傷する事案も発生している。一方、各種報道機関では、今般の攻撃について、「イスラーム国」の性質の変化や攻撃対象についての戦術が変化した可能性について、様々な推測・憶測が論じられている。

評価

 「イスラーム国」がパリでの襲撃事件を自らの作戦であると主張したことにより、同派がシリアやイラクの政府、シーア派などの身近な敵対勢力ではなく、欧米諸国という「遠い敵」を直接攻撃する「国際的」な存在になったとの可能性が指摘されている。しかし、現時点で「遠い敵」に対する攻撃はパリの事件のみであり、これだけで「イスラーム国」の変質について論じるには情報が不足している。また、「イスラーム国」をはじめとするイスラーム過激派の思考・行動様式は、既存の国家や国境、その中の政治体制や法制度を否定・無視・超越して活動することを主要な特徴としている。このため、「イスラーム国」について、ある時点では「国際的」であり別の時点ではそうではないと考えることは、あくまで観察する側の都合や主観の問題であり、「イスラーム国」そのものは常に国家や国境を超越して活動する存在だといえる。今後「イスラーム国」の言動を観察すること通じ、彼らが変質したか否かを判断すべきであろう。

 その一方で、「イスラーム国」によるヒト・モノ・カネなどの資源の調達活動を分析すれば同派の「国際化」とは具体的にどのような振る舞いのことなのかを説明すると共に、今後EU諸国などの治安状況を見通す際の根拠を挙げることができる。まず前提条件となるのは、「イスラーム国」はこれまでEU諸国やアラビア半島諸国、マグリブ諸国などを資源の調達地とし、調達した資源をトルコ経由でイラクやシリアに送り込むことによって勢力を拡大してきたことである。イラク、シリアで「イスラーム国」が占拠している地域では、地元の住民の生活状況の悪化や「イスラーム国」による様々な抑圧や収奪の実態が明らかになりつつあり、ここから「イスラーム国」が衰退傾向にあると考えることが可能だった。そして、そうした状況にある「イスラーム国」にとって、外部からもたらされる資源が非常に重要なもの、すなわち資源調達地や資源の調達活動を維持することが重要だと考えられていた。

 下図は、「イスラーム国」による資源の調達を、ヒト(戦闘員やその家族、或いは技師や医師など)の勧誘とイラク、シリアへの送り込みを事例として図示したものである。

図:「イスラーム国」による人材勧誘のアクターとメカニズム(出典『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店 87頁を基に作成)

  図の赤枠内に存在する諸アクターは、皆「イスラーム国」が占拠している地域の外側、すなわちフランスやベルギーのようなEU諸国などに在住している。「イスラーム国」をはじめとするイスラーム過激派諸派は、敵方のスパイや思想・信条的な共鳴度が低い者、組織が求める能力を持っていない者を受け入れることを嫌うと思われるため、「イスラーム国」への合流を希望する者(=潜入者)を勧誘・選抜し、イラクやシリアへと送り出す者(=勧誘者)の活動が重要となる。人材勧誘の基幹部分は、潜入者と、真の受入者(=「イスラーム国」)の意向を受けた勧誘者との対面の意思疎通である。このことは、これまでフランスやベルギーで「イスラーム国」のために人材を選抜・勧誘した上でイラクやシリアに送り出すための組織やネットワークが活動していたことを意味している。また、SNSを通じた不正規の潜入も無視し得ない規模となっているが、彼らに「イスラーム国」の情報を届ける上で重要なのが、ネット上に氾濫する情報を取りまとめ、潜入者が日ごろ利用する言語に翻訳する活動をしている者(=拡散者)である。拡散者は、多くの場合「イスラーム国」の直接の構成員ではなく、組織と人的な繋がりを持っているわけでもない。そして、彼らの多くは潜入者や勧誘者と同様、インターネット上での言論活動を自由に行うことができる欧米諸国に在住している。拡散者から得た情報だけを頼りに潜入した者は、最末端の戦闘部隊や訓練基地に配置され、そこで実績を上げ、信頼されて初めて「イスラーム国」の構成員となる。

 「イスラーム国」が欧米諸国を積極的に攻撃するということは、従来図の赤枠部分から緑枠の部分へ向かっていた資源の流れが逆転し、勧誘者のように資源調達活動に従事していた組織やネットワークが、赤枠部分の内部での作戦行動のために活動することである。また、赤枠部分に相当する諸国の官憲は、彼らの活動を真剣に取り締まらざるを得なくなる。その結果、赤枠部分から緑枠部分への資源供給は止まることになるため、イラクやシリアで「イスラーム国」が必要とするであろうヒト・モノ・カネは調達しにくくなる。「イスラーム国」がイラクとシリアでの戦力や占拠地域を維持したいのならば、外部からの資源供給を絶つことにつながるEU諸国への直接攻撃は、致命的な誤りと思われる。

 一方、フランスが今般の攻撃を受け「イスラーム国」対策を強化するというならば、フランスにとっての最大の問題は図の赤枠部分(=フランス国内)に存在する「イスラーム国」のために活動する組織やネットワークをいかに殲滅するかということである。これまでEU諸国から「イスラーム国」に少なからぬ資源を供給されていたことに鑑みれば、この組織やネットワークはそれなりに強固で大規模であると思われる。したがって、これを本格的に取り締まろうとする場合は、組織やネットワークの側からも反撃や錯乱のための作戦行動が行われることとなり、フランス国内やEU域内で「イスラーム国」による攻撃が行われる可能性が高まることを意味する。一方、「イスラーム国」対策と称して緑枠の部分(=イラクやシリア)に対する攻撃を多少強化したところで、自国内にある「イスラーム国」の活動基盤には深刻な打撃を与えることができないため、フランス国内での「イスラーム国」の組織やネットワークと、赤枠部分から緑枠部分への資源の供給が劇的に減ることも考えにくい。その結果、赤枠内にある組織やネットワークの関心はフランスに対する攻撃よりも「イスラーム国」のための資源調達・供給に注がれ、フランスやEU域内で攻撃が発生する可能性は下がるということができる。

 今般、フランス国内で憲法改正が提起されたことは、拡散者の活動に代表されるインターネット上での言論も含め「イスラーム国」の活動に対するフランス国内での取締りが本格化する可能性を示している。フランスにとっては、自国内で「イスラーム国」の取締りを強化することは、国内の対象だけでなく海外のフランス権益が攻撃を受ける可能性を上昇させることにつながる。「イスラーム国」の命運とEU域内での治安上の脅威の行方は、フランスがどの程度の覚悟で「イスラーム国」と対決するかにかかっているといえよう。

(イスラーム過激派モニター班)

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