中東かわら版

№126 イラク:「イスラーム国」の生態:パリでの襲撃事件を喜ぶ末端の戦闘員

 2015年11月16日夜(日本時間)、「イスラーム国 サラーハッディーン州」名義で13日にパリで発生した襲撃事件についての映像が出回った。映像は「多神教徒全てと戦え」と題し、「イスラーム国」への空爆や襲撃事件についてのオランド大統領の記者会見、「イスラーム国」の報道官が以前発表したアメリカ、ロシア、フランスなどの連合軍諸国への攻撃を扇動する演説の引用、「サラーハッディーン州」の末端の戦闘員が襲撃事件を喜び、気勢を上げる場面複数からなる。末端の戦闘員たちの発言の中にパリにしたのと同様にワシントンを攻撃するとの趣旨の発言があったため、各地の報道機関が「「イスラーム国」がアメリカに攻撃を予告」として速報で報じた。

画像:問題の動画のタイトル

評価

 この動画の製作者は、「イスラーム国」のイラクで活動する地方組織に過ぎない「サラーハッディーン州」であり、動画の製作者や登場人物がパリの襲撃事件に関し「犯人のみが知りうる事実」に触れることができた可能性はきわめて低いと思われる。そうした中で事件に言及し、新たな脅迫をしたとしても、それは事件の反響に便乗した広報の一環に過ぎない。実際、同じ時間帯に同じくイラクで活動する地方組織である「イスラーム国 キルクーク州」名義で末端の戦闘員たちがパリの襲撃事件を喜ぶコメントを収めた動画が出回った。そして、この動画にも「サラーハッディーン州」が発表した動画と同じ報道官の演説が引用されていた。ここから、16日に出回った二点の動画は報道官の演説を引用する、パリでの襲撃事件に言及する、などの一定の指針に沿って「イスラーム国」の「各州」が行った広報活動であると考えられる。同様の活動は、最近でも9月にEU諸国に移民・難民が殺到した際や、10月にイスラエルとパレスチナ人との衝突が激化した際にも繰り返されており、「イスラーム国」の広報としてはおなじみの手法である。今後も、その他の「州」の名義で同様の趣旨の動画が繰り返し発表される可能性が高い。

 要するに、16日に出回った動画はいずれも事件の内情や事件への「イスラーム国」の関与の程度を知ることにつながる情報を含んでいないし、「「イスラーム国」がアメリカに攻撃を予告」と解釈するほど責任ある製作者・幹部からの情報発信でもないということである。今後他の「州」から同様の趣旨の動画が発信された場合も、それらに対する評価や解釈は変わりない。

 「「イスラーム国」による攻撃予告」という観点からは、9月に出回った彼らの英字誌で、コソボやエストニア、マケドニア、アイスランドなど多数の国を攻撃対象として挙げる記事があり、いつどこの国で、どのような権益に対する攻撃があっても「イスラーム国」の作戦であると主張・解釈しうる状況にある。同じ記事の中には、「ボスニア、インドネシア、マレーシアで日本の外交団を攻撃することも一案」との記述すらある。「イスラーム国」の宣伝・扇動を全く観察しないというのは警戒や危機の回避のためにはあってはならない行動だが、そうした宣伝・扇動の片言隻語に過剰反応することは「イスラーム国」を一段と増長させかねない行為である。重要なのは膨大な情報をいかに分析し、取捨選択をするかである。16日の動画が世界各地で速報されたことは、過剰反応の一例として教訓にすべきであろう。

(イスラーム過激派モニター班)

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