調査研究 政策提言

2023年度外交・安全保障事業

  • コメンタリー
  • 公開日:2025/03/27

オマーン・ドゥクム港開発の地政学的含意

MEIJコメンタリーNo.9

中東調査会研究主幹 青木健太

 はじめに

 オマーン東部に位置するドゥクム港開発が、その地政学的優位性を活かして外国投資を集めながら俄かに進展している。これまで同港を巡っては、インド洋における中国とインドの競合の文脈で語られることが多かった[1]。中国が「一帯一路」を推し進める過程でドゥクム港の軍港化を目論みながら触手を伸ばしており、それに対抗するインドも軍艦の寄港をオマーンから取り付けて牽制している、といった具合である。本稿では、このような見方は実状に即しているのかに関し、筆者による現地調査(2025年2月)を踏まえた上で検討し、同港開発が示す地政学的含意は何かを考察したい。

 

地政学的要衝に位置するオマーンの良港ドゥクム港

 オマーンには主にマスカット港、ソハール港、ドゥクム港、サラーラ港の4港があり、それらの中でもドゥクム港の歴史は新しい。もともとは小さな漁村だったドゥクムだが、2012年から本格的にドゥクム港の運用が開始しており、現在、港湾、道路、空港、鉄道などのインフラ開発が急ピッチで進められている。すでに道路整備は完了しており、オマーン国内の他の道路網に接続されている。また、ドゥクム空港では国内線の運用が開始されており、LCCのサラーム航空を使えば首都マスカットから約1時間で訪れることができる。

 同港の大きな特徴として、オマーン経済特区フリーゾーン機構(OPAZ)の監督の下、2000平方キロメートルにも及ぶ広大な敷地に経済特区が割り当てられていることが挙げられる。ドゥクム経済特区(SEZAD)と呼ばれる同地区はオマーン国内最大の経済特区であり、オマーン政府としての力の入れようが感じられる。同経済特区内には、カタルの投資によるKARWAモーター社による乗客用バスの集積工場、インドの財閥ジンダルによるグリーン・スチール(低炭素鉄源)製造工場、中国・オマーン工業団地等が始動している。また、ルネッサンズ・ビレッジと呼ばれる居住地区の建設や、ホエール・ウォッチングなど地の利を生かした観光名所・アクティビティの開発に向けた取り組みにも進展がみられる。外国人投資家の家族も念頭に、インターナショナルスクールも稼働している。

 SEZADでは石油精製施設が稼働しており、クウェイトから輸入した石油を精製し海外に輸出する拠点となっている。重要なこととして、オマーンではビジョン2040に掲げる目標に向けて、目下、グリーン水素・アンモニアの開発が焦眉の急になっていることがある。オマーンは他の湾岸諸国に比して現時点での原油・天然ガスの可採年数が非常に短いことから、同国においては早急に経済多角化を図り、脱炭素をいかに進めるかが喫緊の課題である。

 こうした中、土地に起伏がなく平らで、沿岸のために風が強く、また日照時間も長いドゥクムは、風力発電や太陽光発電などの再生可能エネルギーのポテンシャルが高い。オマーン政府としてもグリーン水素・アンモニア関連事業の投資誘致を積極的に行っており、日本企業の三井物産と神戸製鋼所が共同でグリーン・スチール製造に向けた事業の本格始動への準備を進めている。

 

図1 ドゥクム港の位置関係地図

 

(出所)Google Map

 

 水深18メートルの深水港のドゥクム港にはガントリークレーンが備え付けられ、コンテナ船の荷積み・荷卸しが出来る他、トラックなどの大型貨物をそのまま荷卸しできるロール・オン・ローフ・オフ(RORO)船による使用も可能である。また商業港とは別に、バースには軍港も併設されており、各国の軍艦が寄港している。ちょうど筆者が訪れた際、海上自衛隊の護衛艦「むらさめ」が寄港している様子をボート上から見ることが出来た。船体の検査や修理を行うドライ・ドックも稼働している。

 

諸外国のドゥクム港に対する関心と関与

 それでは、中国やインドを始めとする諸外国は、ドゥクム港にどのように関与しているのだろうか?

 中国は「一帯一路」を展開することで大国間競争を優位に進めるとともにサプライチェーンの強化を図り、インド洋でもジブチに海軍保障基地を設置(2017年)した他、パキスタン・グワーダル港を玄関口とする中国・パキスタン経済回廊(CPEC)を推進してきた。こうした動きの中で、中国はオマーンに「中国・オマーン工業団地」を設置し、投資増加を図っているとされてきた。「紅い経済圏 「海洋強国」広がる警戒」(日本経済新聞)、「オマーンへの中国の影響力拡大か」(JETRO)といった見出しで、2018~2019年頃には中国のオマーン進出への警戒が日本では取り沙汰された。

 しかし実際に、筆者がSEZAD職員の案内で中国・オマーン工業団地を訪れたところ、壮大な計画とは反対に、開発は思うようには進んでいない状況が見られた(写真1)。107億ドルの投資表明(ロイター通信)の掛け声とは裏腹に、同工業団地向けに割り当てられた用地のほとんどでは建設が着手されておらず、閑散としていた。資材売り場と思しき体育館のような建物は確認されたものの、中華料理レストランが1件、また商業ビルのようなものが疎らに運営しているような状況であった。

 

写真1 中国・オマーン工業団地の石碑

 

(出所)筆者撮影

 

 ドゥクム港湾当局からの聴き取りによると、ドゥクム港の運営権はオマーン企業ASYADとベルギー・アントワープ港の合弁会社(出資比率50%・50%)によって付与されている。これは、インドの投資で開発が進展するイラン・チャーバハール港の運営権が、インド・グローバル港湾会社(IPGL)に与えられているのとは対照的である。

 報道によると、英国政府は2017年にオマーンとMoUを締結してドゥクム港にロジスティクス・ハブを設置し、同国海軍のインド洋への展開の足場としている。ホルムズ海峡とバブ・エル・マンデブ海峡の外側に位置する戦略的優位性を活かしつつ、ドゥクム港開発は諸外国からの関心を集めながら、漸次的に進展している。

 

オマーンのバランス外交とドゥクム港開発

 外側の視点からドゥクム港開発をみてきたが、では当事国であるオマーンはドゥクム港開発を自国の将来計画の中でどのように位置づけているのだろうか?

 今回調査をする中で強く感じたことは、オマーンは歴史的に東西を結節する地政学的要衝に位置してきたことなどを背景として、多様性を受け入れる寛容な精神を育んできており、外交面ではバランス外交を旨としていることである。人口約500万人の決して規模としては大きくはない国として、米国、中国、インド、欧州、東アジア等のなかでうまくバランスを取りながら、いずれの国にも過度に接近せず、かといって距離を取り過ぎもしない絶妙な舵取りが意図的になされているように思われる。

 こうした中で、オマーンは第三者仲介に力を入れており、周辺国で紛争や政治的緊張が生じた場面で、係争当事者双方とのチャンネルをいち早く構築し、和解に向けた会合のホスト役を担ったり、シャトル外交を行ったりしている。例えば、2015年7月のイランとP5+1の間でのイラン核合意(JCPOA)締結に際して、仲介役を担ったのはオマーンだった。この他にもオマーンは、イエメンのフーシー派に拿捕された日本郵船運航船舶「ギャラクシー・リーダー」の乗組員釈放に当たっても、フーシー派との独自のネットワークを通じて解放交渉に当たったと伝えられる。

 このようなオマーン独自の外交姿勢が示すように、オマーンはいずれの国にも偏った立場を取らない傾向を有しており、港湾開発に関しても同様である。2012年の港湾運用開始当初、中国からドゥクム港開発の投資への期待からオマーン・中国が接近する姿勢は見られたものの、現時点までの推移をみれば、結局は中国に港湾の運営権を与えることはなく、欧州を引き入れることでバランスを取る選択をした。現地で見た中国・オマーン工業団地の様子は、オマーンが一国に過度に依存しない意思を仄めかすかのようであった。

 他方、中国は、オマーンの輸出相手国として第1位、輸入相手国として第2位であり、オマーンにとって重要な貿易パートナーであることは確かである。オマーンにとって、中国は原油の最大の輸出相手国となっていることが大きい。こうした状況に鑑みれば、全体としてみれば中国のオマーン経済に対する影響力は大きいといえることから、ドゥクム港開発への関与が計画通りに進んでいないことと合わせて是々非々での評価が求められよう。

 なお、モンスーンを介してインド亜大陸との歴史的な人的・物的交流が盛んなオマーンでは、インドからの影響は社会の多分野にわたっている。オマーン社会で活躍するインド系住民は非常に多く、ドゥクム港開発においても実際にインド企業の躍進が見られる。しかし同時に、オマーンはインド一辺倒という位置取りは取ってはいない。これは、米国、欧州、日本に対しても同様であり、総合的に見ても、オマーンは色々な国と上手く付き合いながらも、自国の裁量権は決して手放さない老獪で洗練された方針を取っているようである。

 

まとめ

 本稿を通じて見たように、ドゥクム港開発は、中国からの投資のみによって進展しているわけではなく、オマーンが英国、ベルギー、インド、湾岸諸国、日本などにバランスを分散させながら進めていることがわかった。同港はまだまだ開発途上ではあるものの、ホルムズ海峡とバブ・エル・マンデブ海峡という2つのチョークポイントを迂回できる地政学的優位性から、諸外国からの投資を得つつ漸次的に開発が進められている。ビジョン2040達成を見据えたオマーンの経済多角化の流れの文脈から見ても、同港の立地と自然環境を背景に、グリーン水素・アンモニアへの転換を牽引する役目を果たす潜在力を秘めている。

 他方で、湾岸の隣国がさらに魅力的なオファーを出す中で、オマーンがドゥクム港の競争力をいかに高めることができるかは大きな課題である。また、鉄道敷設が未だ進行中であることや、未だ空港に国際線が離発着していないことは、物資の行き来や海外投資家のアクセスを困難なものとしており、これらも克服すべき課題である。

 こうした中、四方を海に囲まれた日本にとっても、ドゥクム港開発への寄与は外交的に検討されるべき重要課題である。日本は原油輸入の約95%を中東に依存する中で、航行の自由の確保と、チョークポイントで有事が発生した際のリスク回避のための次善策を常に想定する必要に迫られている。特に、「地政学の時代」と言われるように大国間競争の中で不確実性が高まる状況下、ドゥクム港はエネルギー安全保障の面で役割を果たし得よう。

 「自由で開かれたインド太平洋」構想の実現に向けても、質の高いインフラ整備、海洋に関する国際会議の開催、調査研究分野での協力等で、オマーンとの伝統的友好関係をさらに一歩深化させることもできる。日本は「海洋大国」たるオマーンとの間で、同港開発を含めた多面的な協力を拡大させる余地を有している。加えて、従来はインド太平洋東海域に注目が集まりがちだったが、貿易立国・日本にとってイラン、パキスタン、そしてアフリカ大陸東岸までを含むインド太平洋西海域の航行の安全確保は高い重要性を持っている。つまり、同海域での連結性の強化を意識するならば、これら国・地域の結節点に位置するオマーン・ドゥクム港の地政学的重要性もまた別の角度から理解されるだろう。まさに海を誰にも開かれた公共財とするための継続的な努力が重要である。

 

著者略歴

青木 健太(あおき けんた)

公益財団法人中東調査会研究主幹。2001年上智大学卒業、2005年英ブラッドフォード大学大学院平和学修士課程修了(平和学修士)。専門は現代アフガニスタン・イラン政治。アフガニスタン政府省庁アドバイザー、在アフガニスタン日本国大使館二等書記官、外務省国際情報統括官組織専門分析員、お茶の水女子大学講師等を経て現職。著作に、『タリバン台頭』(岩波書店、2022年)、『アフガニスタンの素顔』(光文社、2023年)他。

 

 

※『MEIJコメンタリー』 は、「中東ユーラシアにおける日本外交の役割」事業の一環で開設されたもので、中東調査会研究員および研究会外部委員が、中東地域秩序の再編と大国主導の連結性戦略について考察し、時事情勢の解説をタイムリーに配信してゆくものです。

 

以上


[1] 栗田真広「インド洋をめぐる大国間の競合-中国、米国、インドの動向から-」防衛研究所『NIDSコメンタリー』第274号、2023年9月21日;村上拓哉「中東圏とインド洋圏の交差点:オマーンのドゥクム港をめぐる国際関係」中東協力センター『中東協力センターニュース』第42巻、2018年3月、17-23頁;Muhammad Abbas Hassan, “Growing China-India Competition in the Indian Ocean: Implications for Pakistan,” Strategic Studies, 39(1), April 2019, pp 77-89.

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