№75 シリア: 地域のエネルギー輸送の結節点を目指す試みと展望
2026年3月以来のアメリカ・イスラエルとイランとの間の紛争により、ホルムズ海峡、バーブ・アル=マンダブ海峡、紅海やスエズ運河の海運、特に天然資源の輸送の停滞が世界経済の大きな懸念事項になっている。そうした中、アラビア半島・ペルシャ湾と地中海とを結ぶ立地を占めるシリアが、2024年末の体制転換後の「国際社会への復帰」を追い風に地域の輸送路、特に石油輸送の結節点としての地位確立を試みている。2026年9月7日付『ナハール』紙(キリスト教徒資本のレバノン紙)は、この試みについて要旨以下の通り報じた。
*シリアは、地理的な立地を地域のエネルギー地図の中で新たな役割を果たすため、自らをホルムズ海峡の代替としての石油輸出経路として売り込もうとしている。7月、アメリカのトランプ政権はシェブロン社が主導するイラクのバスラからシリアのバーニヤース港まで日量200万バーレルを輸送するパイプライン建設計画への支持を表明した。パイプラインは全長約1000マイル(1600km)、建設経費として57億ドルが見込まれるもので、建設には少なくとも2年半かかるとみられている。
*このパイプラインそのものがホルムズ海峡の代替となるわけではないが、長期間にわたって石油輸出のための追加的な経路となり、ホルムズ海峡への依存を抑えることができる。シリア石油公社の高官は、カタルの投資家たちと将来このパイプラインをカタルまで延伸する可能性について協議していると述べた。専門家らは、湾岸諸国の一部もこの延伸計画に加わるかもしれないと考えている。
*シリアの野心は石油に限ったものではなく、シリアはトルコ、サウジとオスマン朝時代の鉄道の再建事業に関する合意を締結した。これは、ヨーロッパと紅海をシリア領を通じて結び、湾岸地域とヨーロッパとの商品輸送路を強化するものである。しかし、これらの事業には課題もある。一連の事業はイラク西部をはじめとする不安定な地域を通過するものであり、シリア自身も治安上の課題、弱体な社会基盤、資金や設備の不足に直面している。
*アメリカ、イラク、シリアの政府とシェブロンとの事業、カタルの投資はシリアにとって収穫ではあるが、これはシリアの実力のおかげというよりはホルムズ海峡危機からの借りものである。エネルギーなどの輸送経路としての地位は、シリアが単なるコンテナ車の通り道から国家が保障する強固な輸送基盤へと変わらなければ確立しないものだ。そして、このことこそがシリア政府がいまだに達成していないことだ。また、ホルムズ海峡の代替という発想は数字の上でも地理の上でも確かなものでもなく、構想中のパイプラインの最大輸送力は、ホルムズ海峡を通過する原油の10分の1に過ぎない。そのうえ、湾岸諸国の石油の大半はヨーロッパではなく東方のアジアへ向けられており、サウジやUAEは自国領内にホルムズ海峡の代替経路を持っている。こうした状況でシリアが実際に提供できるのは、イラクのための石油輸出経路に過ぎない。
*石油パイプラインは数十年にわたる事業であり、その長期的な安全はアメリカによる保証だけでなく、パイプラインが通過する諸地域の政治的安定にかかっている。今般抗争されているパイプラインは、国家の権威が弱い砂漠やダイル・ザウルを通過するが、これらの地域には(パイプライン事業に関する)決定や収益から除外されている地域集団がいる。また、ここからパイプラインはシリア中部と沿岸部に至るが、これらの地域にもそもそも現在の体制から全く排除されたと感じている諸集団がいる。こうした問題に対処しなければ、パイプラインは不安定の源となる地域を通過することになる。
*シリアをエネルギー輸送の結節点とする構想は、2009年か2010年ごろから存在するもので、新奇なものではない。この時点での構想は、ホムスでガスパイプラインを合流させ、バーニヤース港から輸出したり、ホムスをトルコと湾岸諸国を結ぶ陸上運輸拠点にするとのものだった。シリア紛争や地域の危機により構想は頓挫したが、状況の変化により湾岸諸国やアメリカがエネルギー輸出経路の多様化により関心を示している。消息筋は、事業の完成までに5年~10年必要なうえ、事業はシリアの政治・安全保障上の安定、経済的透明性と投資環境の改善と結びついていると強調した。同筋は、シリアはホルムズ海峡の完全な代替とはならないが、将来生じうる危機を軽減し地域にエネルギー輸送の追加的選択肢を提供すると考えている。
評価
シリアの経済開発の方向性として、地理的立地に着目して輸送の結節点となるという発想は、記事の通り長年議論され続けてきたことだ。例えば、シリアは2023年のイラク戦争後、イラクを重要な輸出先としてきたが、これはシリア自身の産品にとどまらずシリアやレバノンを経由地とするトランジットをも意識したものだった。また、イラク戦争前の数年間は、シリアとイラクとの間の石油パイプラインが対イラク制裁破りとして稼働し、日量20万バーレル程度の原油が輸送されたとも信じられていた。当事者をイラクに限定した場合でも、シリアは地中海・ヨーロッパ方面への出口として重要な地位を占めることは間違いない。
シリア紛争前は、トルコ・シリア・ヨルダン・イラクの連結と、この連結をアラビア半島へ延伸する構想もしばしば論じられた。これらが実現しなかったのは、シリア紛争や地域の緊張だけが原因ではなく、シリアと隣接各国との関係、シリアを取り巻く国際情勢(例:テロ支援国としての制裁など)、当事国の個別の事情などの要因があった。今般、シリアが「国際社会への復帰」を果たしたことによりこうした構想の具体性がにわかに高まったように見えるが、かつて論じられた構想の実現を阻んできた要因の全てが消失した(あるいは近い将来消失する)わけではない。そのうえ、トランジットの拠点となることがシリアにどの程度の経済的利益をもたらし、それが政治や社会の安定につながるのかも未知数である。古くからの構想の焼き直しともいえる事業が華々しく発表されているように思われるが、事業が具体化する際に表面化する様々な障害も、新たに生じた珍しいものではないだろう。
(特任研究員 髙岡 豊)
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