№20 パレスチナ:ファタハ中央委員会選挙でアッバース大統領の息子が躍進
2026年5月14日、ファタハは、約10年ぶりとなる第8回総会を開催した。3日間行われた同総会では、ファタハ議長、中央委員会、革命評議会などの指導部の選出が行われた。開催初日となった14日には、パレスチナ自治政府(PA)のアッバース大統領が、満場一致でファタハの指導者に再任された。またファタハの最高指導機関となる中央委員会の選挙も行われ、5月17日に結果が発表された。選挙結果は以下である(※表中の収監はイスラエルでの収監)。
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順位 |
名前 |
備考 |
得票数 |
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1 |
マルワーン・バルグーティー |
再任。インティファーダに参加。収監中。 |
1879 |
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2 |
マージド・ファラジュ |
総合情報機関長官。合計6年間収監。 |
1861 |
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3 |
ジブリール・ラジューブ |
再任。元中央委員会書記長。1985年捕虜交換で釈放。 |
1609 |
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4 |
フサイン・シャイフ |
再任。PA副大統領。11年間収監。 |
1570 |
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5 |
ライラ・ガンナーム |
女性。ラーマッラー・ビーラの知事。 |
1472 |
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6 |
マフムード・アル=アールール |
再任。かつてファタハで軍事活動に従事。ファタハ副議長。3年間収監。 |
1469 |
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7 |
タウフィーク・ティーラーウィー |
再任。元総合情報機関長官。 |
1361 |
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8 |
ヤーシル・アッバース |
タバコ、建設業に投資する実業家。アッバース大統領の息子。カナダ滞在が長い。 |
1290 |
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9 |
タイシール・バルディーニー |
ガザ地区出身の活動家。2011年10月捕虜交換で釈放。 |
1214 |
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10 |
ザカリヤー・ズバイディー |
元アクサー殉教者旅団の司令官。2025年1月人質・囚人交換で釈放。 |
1194 |
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11 |
アフマド・アブー・ホーリー |
再任。ガザ地区出身。難民問題局長。4年間収監。 |
1146 |
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12 |
アフマド・ヒルス |
再任。ガザ地区出身。 |
1081 |
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13 |
アドナーン・ガイス |
元エルサレム知事。度々、逮捕や国外追放の対象となる。 |
1024 |
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14 |
ムーサー・アブー・ザイド |
パレスチナ行政において要職を歴任。 |
946 |
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15 |
ダラール・サラーマ |
1996年第1回パレスチナ立法評議会選挙で当選した5人の女性議員の一人。 |
937 |
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16 |
ムハンマド・マダニー |
元イスラエル社会とのコミュニケーション委員会の委員長。 |
898 |
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17 |
イヤード・サーフィー |
ガザ地区出身。元革命評議会委員。 |
897 |
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18 |
ムハンマド・シュタイエ |
再任。PA元首相。 |
891 |
(出所)クドゥス・アラビー紙などをもとに筆者作成。
中央委員会選挙では、59人の候補者が18議席を争った。中央委員会および革命評議会選挙の投票率は94.64%に達した。
評価
ファタハはPLOの中心的組織であり、またPAの中核を担ってきた。そのため、ファタハ内における地位は、PLOおよびPA内の役職や権力配分において重要な意味を持つ。約10年ぶりに行われた今般の中央委員会選挙は、単なる党内人事にとどまらず、PAの今後の権力構造を占うものとして注目された。特に、2005年からPA大統領職にあるマフムード・アッバース氏は90歳と高齢であるため、今般の選挙はアッバース後の体制を見通すうえで重要な選挙と位置付けられた。
今般の選挙結果で注目すべき点は、ヤーシル・アッバース氏が得票数8位で初めて委員に選出されたことである。ヤーシル・アッバース氏は、アッバース大統領の息子であり、近年は父親の公務に同行する姿がたびたび目撃されるなど、政治的な場に姿を現し始めていた。しかし、PAやファタハ内で公式な役職に就いたことはなく、近年父親の「特別代表」として活動していたものの、その政治的活動は「非公式」なものにとどまっていた。同氏の政治経験およびファタハでの活動実績が乏しいことから、5月初旬に同氏の出馬観測が報じられた際には、ファタハ内からも出馬に疑問の声と指導者職の世襲化を懸念する声が挙がっていた。
新しく委員に選出された人物とヤーシル氏を比較すると、同氏の特異性はより明確になる。今般の選挙で委員となった人物の多くは、イスラエルに対する解放運動に従事した経歴を持つか、PA、PLO、治安機関などで要職を担ってきた。これに対して、ヤーシル氏は実業家としての経歴が中心であり、PAやファタハの組織活動を通じて政治的実績を通じた政治家としての信頼を蓄積してきた人物ではない。
こうした背景にもかかわらず、同氏が得票数8位で委員に選出されたのは、既存の権力構造やそれに結びつく政治的・経済的利益を維持しようとする思惑が作用したとみられる。パレスチナでは2005年以降、大統領選挙が行われておらず、アッバース大統領はパレスチナ人有権者による再審判を受けないまま20年以上大統領職にある。アッバース大統領に批判的な勢力は、長期政権の下で大統領周辺の家族や側近が影響力を強め、ヨルダン川西岸地区における事業利益を拡大してきたとみている。ヤーシル氏が政治経験やファタハ内での活動実績に乏しいにもかかわらず、相当数の票を得たことは、アッバース大統領の子息であるという事実が大きな政治的意味を持っていることを示している。
2025年10月、アッバース大統領は、自身の死亡などにより大統領職が空席となった場合、シェイフ副大統領がPAの暫定大統領を務めることを可能にする宣言を出した。そのため、仮にヤーシル氏がPA大統領職を継承するには、少なくとも制度上は大統領選挙を経る必要がある。その場合、大統領選挙の実施時期や候補者選定をめぐり、ファタハ内で権力闘争が強まる可能性がある。
現在、西岸地区ではイスラエル人入植者による攻撃が激化し、ガザ地区でも停戦状態にもかかわらずイスラエル軍による攻撃が続いている。ファタハ内で生じ得る権力闘争は、こうしたパレスチナの危機的状況を直ちに改善するものではない。パレスチナ社会の実情から切り離された形で世襲化の動きが進めば、ファタハの求心力をさらに低下させる可能性がある。
(主任研究員 平 寛多朗)
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