№136 イラン:モジタバー・ハーメネイー師がイラン・イスラーム共和国の第3代最高指導者に選出
- NEW2026湾岸・アラビア半島地域イラン
- 公開日:2026/03/09
2026年3月9日未明、イラン国営放送は、モジタバー・ハーメネイー師がイラン・イスラーム共和国の第3代最高指導者に、88名のイスラーム法学者からなる専門家会議によって選出されたと報じた。
モジタバー・ハーメネイー師は、2月28日のイスラエル・米国による爆撃によって死亡したアリー・ハーメネイー前最高指導者の次男で、西暦1969年9月8日にマシュハドで生まれた。現在56歳。
ハーメネイー前最高指導者が死亡した爆撃で、モジタバー師も死亡したのではないかと噂されていたが、3月3日にイラン・メディアは同師が生きており、「国の重要問題について検討」しているところだと報じていた。なお、この爆撃では、アリー・ハーメネイー師のほか、彼の妻のマンスーレ・ホジャステ・バーゲルザーデ氏、モジタバー師の妻ザフラー・ハッダードアーデル氏(ゴラームアリー・ハッダードアーデル元国会議長の娘)、彼の娘婿であるメスバーフ・バーゲリーキャニー氏(アリー・バーゲリーキャニー国家安全保障最高評議会国際担当副書記の兄弟)、ザフラー・モハンマディー・ゴルパーイェガーニーちゃん(生後14カ月の孫)が死亡している。
評価
モジタバー師は、テヘランのアラヴィー高校卒。17歳のときにイラン・イラク戦争に出征し、「ハビーブ・ビン・マザーヘル」大隊に所属。彼はこのときに、その後革命防衛隊情報機構長官となるホセイン・ターエブ師(2022年6月に解任)をはじめ、その後の治安・諜報機関で要職を占めることになる人物との知遇を得たとされる。
同師は、イラン暦1378年(西暦1999/2000年)、30歳のときに宗教都市ゴムに行き、イスラーム法学をメスバーフ・ヤズディー師らのもとで学んだとされる。彼はこの時まで神学校に通っていなかったとみられるが、彼の半生については不明な点が多い。彼は同年、ゴラームアリー・ハッダードアーデル元国会議長の娘ザフラーと結婚し、3人の子供(息子2人、娘1人)を儲けた。なお、モジタバー師とザフラー氏は、ボディガードらとともに、不妊治療のためにロンドンを訪問したとのゴシップ記事もあるが、ハッダードアーデル氏はこの報道を強く否定している。
モジタバー師は、最高指導者事務所の運営に関わり、アフマディネジャード氏が大統領に選ばれた2005年及び2009年の大統領選に介入したとも言われている。また同師は、イラン国営放送にも大きな影響力を有しているとの指摘もあり、同放送のサルアフラーズ元総裁(同氏は総裁就任後1年半で解任)は回顧録の中で、モジタバー師は敵対する政治関係者を貶めるためのスキャンダルの捏造に関わっていたと暴露している。
『ブルームバーグ』は、イラン人資産家で、「イラン・モール」プロジェクトの開始者であるアリー・アンサーリー氏を通じて、欧州諸国やドバイに莫大な資産を保有していると報じているが、アンサーリー氏はモジタバー師との関係を強く否定している。
トランプ米大統領はモジタバー師について、「小物」であり、アリー・ハーメネイー師の息子と協力する気はない旨述べていた。同大統領はまた、イランの次期最高指導者の選出に自らも関わる意向を示し、自身が関われない場合、次期最高指導者による統治は「長続きしない」と警告を発している。モジタバー師は、これまで公の場に出ることはめったになかったが、米国・イスラエルの爆撃によって殺害されるのを避けるため、今後も表舞台にはほとんど出ず、まさに「お隠れ」のまま最高指導者として君臨していく可能性が高いように思われる。
【参考】
「イラン:ハーメネイー最高指導者が死亡」『中東かわら版』No.128。
(主任研究員 斎藤 正道)
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