中東かわら版

№82 イスラエル:ネタニヤフ首相、トルコ・カタルを「新たな脅威」と認識

 2025年10月20日、ネタニヤフ首相は、国会(クネセト)の冬季会期の開会にあたり演説を行った。イスラエルのメディアである『The Times of Israel』、『Israel Hayom』、『The Jerusalem Post』は、この演説について立場や評価が異なる記事を掲載した。

 『The Times of Israel』紙は、野党の党首であるラピード元首相の、ガザ戦争の責任をめぐる首相への批判と共に、首相の演説のうち次の部分を抜粋して掲載した。

 

「戦争をやめろ、降伏しろ、手を挙げろと私に求めた皆さん…私がこれらの要求に屈していたのなら、戦争はハマースとイラン枢軸全体の圧倒的勝利で終わっていたでしょう。」

「そして(イスラエル国民は)核の煙の中で天国に昇っていたでしょう。」

 

 ラピード元首相の批判も合わせて掲載することで、ガザ戦争の「正当性」を問うような構成となっている。

 一方、ネタニヤフ首相寄りの論調で知られる『Israel Hayom』紙は、首相の演説のうち以下の部分を抜粋し掲載した。

 

「中東では、古い脅威が新たな形を取りつつあり、新たな脅威も存在します。私たちは、それらを阻止するために警戒を続けています。全てが知られているわけでもありませんし、全てが知られることもないでしょう。一方の手に武器を握り、もう一方の手は私たちと平和を求める人たちに差し伸べられています。そして今日、そのような人達は少なくありません。むしろ多いと言えます。私たちの地域の内外にある平和の輪は広げていくことができます。平和は強い者によって作られます。そして、イスラエル国家がかつてないほど強いことは、誰もが知っています。」

 

 政府筋によれば、ネタニヤフ首相が言及した「新たな脅威」とは、ムスリム同胞団及びハマースを支援するトルコとカタルであると、『Israel Hayom』紙は報じている。イスラエルが危険に直面していることを強調することで、ネタニヤフ首相の強硬的な外交政策を支持する論調となっている。

 これに対し、『The Jerusalem Post』紙はネタニヤフ首相の演説ではなく、首相を非難するラピード元首相の次の演説を掲載した。

 

「ムスリム同胞団のテロと闘う国であるエジプトではなく、政府は(ハマースが分派する元となった)ムスリム同胞団のイデオロギー的パートナーであるトルコとカタルをガザに招き入れた。」

「ガザに必要なのはエジプトによる管理です。トルコとカタルがガザに関与しないという保証をアメリカから得なければなりません。」

 

 ガザ停戦の際、米国、エジプトと共に仲介国となったトルコ、カタルの存在を指摘することでネタニヤフ首相の外交政策の「失敗」を示す内容となっている。

 

評価

 今般のネタニヤフ首相らの国会での演説とそれをめぐるイスラエルメディアの報道は、イスラエル国内で展開される政治的議論と、政権・野党それぞれの戦略を映し出している。

 各紙がネタニヤフ首相の演説を異なる観点から扱い、戦争の説明責任、安全保障、外交政策の可否を報じたのは、国内におけるネタニヤフ政権への多様な意見を反映している。『The Jerusalem Post』は今期国会が選挙シーズンの始まりであると報じており、報道の焦点もまた、2026年10月に予定される議会選挙を意識したものとなっている。

 ネタニヤフ首相、ラピード元首相の演説からは、彼らの選挙戦略も見えてくる。ネタニヤフ首相は、政府がイスラエルの脅威となってきた親イラン勢力のハマース、ヒズブッラー、シリア(※アサド政権)、アンサールッラー(フーシー派)などの軍事力の大部分を破壊し、イランの核の脅威を取り除くことに成功したことを度々強調してきた。例えば、2025年9月26日の国連総会での演説や、10月10日に発表した首相声明でこれら首相の「功績」が強調されている。

 その上で、今般の演説では脅威の焦点をイランからトルコとカタルへと移し、「新たな脅威」として位置づけている。ネタニヤフ首相は、イスラエルが依然として危険な状態にあることを強調し、危機感をあおることで、自身への支持へとつなげる戦略を取ろうとしていることがうかがえる。

 一方、野党のラピード元首相は、2023年10月7日のハマースの攻撃の責任を追求し、ガザ地区政策の問題点を指摘することで、ネタニヤフ首相自身がイスラエルに脅威を招いていると批判し、対立軸を鮮明にしている。

 しかし、これらの違いにもかかわらず、トルコとカタルをイスラエルの安全保障上の脅威とみなしている点で一致していることは、見逃せない。

 近年、イスラエルはとりわけトルコの動向を警戒しており、停戦合意以降も、トルコの脅威を論じる記事がいくつかイスラエルメディアには現れていた。またチクリ・ディアスポラ問題・反ユダヤ主義対策担当相は、エルドアン大統領がかつて「アッラーよ、その御名において、シオニスト・イスラエルを破壊し、荒廃させられますように」と述べたと指摘し、エルドアン大統領を「イスラエルの敵でありスーツを着たジハード主義者」であると非難する投稿を10月21日にXにしている。

 カタルについては、イスラエル国防軍が長年にわたってカタルがハマースと緊密な関係にあったことを示す文書を押収したと、6月9日に『The Times of Israel』が報じている。

 今般の演説では、ネタニヤフ首相自身もトルコ、カタルを脅威とみなしていることが明らかとなった。また、政権奪還を狙うラピード元首相も同じように両国をハマースと繋がる危険な存在とみなしていることを明らかにした。

  ネタニヤフ政権が継続しようと、新しい政権が誕生しようと、イスラエルの外交政策が今後トルコとカタルを主要な焦点として展開していく可能性が一層明確になったと言える。

【参考】

「イスラエル・トルコ・パレスチナ:ガザ和平へのトルコの関与」『中東かわら版』No.73。

「イスラエル:ネタニヤフ首相の国連総会での演説」『中東かわら版』No.61。

(研究員 平 寛多朗)

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