№79 イスラエル・パレスチナ:ガザ空爆再開の背後にあるもの
2025年10月19日、イスラエル空軍は、ガザ地区中央部のザワーイダやヌシーラート難民キャンプ近く、ガザ地区南部のラファフ等20カ所を空爆した。
これに先立つ同日早朝、イスラエル軍の軍用車両がラファフ東部でミサイル攻撃と狙撃を受け、兵士4名が負傷し、そのうち2名が重傷を負った。
イスラエルはこの攻撃をハマースによるものと主張し、同組織が10月10日に発効した停戦合意に違反したと強く非難した。ベン・グヴィル国家安全保障相は、ネタニヤフ首相に対しガザ地区での大規模軍事作戦の即時再開を求めたほか、スモトリッチ財務相や「イスラエル我が家」党のリーベルマン党首も同様の要求を行った。
一方、ハマースおよびその軍事部門であるカッサーム旅団はイスラエル軍への攻撃を否定し、イスラエルによる空爆の後もガザ地区全域での停戦合意を全面的に遵守する姿勢を示した。
評価
イスラエル側の主張によれば、今般の攻撃再開はハマースによる停戦合意違反が原因だとしている。ただし、イスラエルを取り巻く国内外の情勢も、その判断に影響していたと考えられる。
ネタニヤフ首相が連立を組む、スモトリッチ財務相が党首を務める「宗教的シオニズム」党とベン・グヴィル国家安全保障相が率いる「ユダヤの力」党は停戦合意自体に反対の立場を取り、軍事力によるハマースの壊滅を主張していた。特にベン・グヴィル国家安全保障相は、ハマースに対する「決定的勝利」が達成されなければ、連立政権から離脱すると警告していた。また、停戦合意発効後の14日には、スモトリッチ財務相が、ガザ地区におけるユダヤ人入植地の再建を訴えていた。
さらに、停戦合意で定められた、遺体の返還が予定通り行われなかったことを受け、両閣僚は軍事的な圧力をハマースにかけることを求めていた。
しかし、ネタニヤフ政権が求める軍事的圧力は、停戦合意で定められたプロセスの進展によって制約を受けることが予想されていた。
米国のトランプ大統領が仲介した停戦合意では、米国、カタル、エジプト、トルコ等で構成される合同任務部隊が、ガザ地区における合意の実施状況を監視・支援する役割を担うことになっている。これに加え、米国当局は、停戦合意の際、約2週間以内に、200人規模の米軍部隊を派遣し停戦継続を支援すると発表していた。なお、20日に『クドゥス』紙は、200人規模の米軍部隊がイスラエルに到着したと報じている。
合意に基づく部隊がガザ地区に派遣されれば、イスラエルが一方的に攻撃を再開した場合、これらの国の兵士を巻き込む可能性が生じるため、軍事行動は困難になるとみられていた。
とりわけイスラエルは、近年、トルコの動向を警戒しており、トルコと深刻な衝突に至ることに懸念を感じていた。停戦合意以降、イスラエルメディアではトルコに関する記事がいくつか現れており、同国におけるトルコへの警戒の高さがうかがえる。
16日には、イスラエル当局が、人質の遺体を可能な限りハマースが返還するまで、トルコ使節団のガザ地区への入国を拒否すると発表した。これは、トルコをガザに接近させたくないという思惑に加え、遺体返還の遅れを理由とする軍事行動によってトルコ人を巻き込む事態を避ける狙いがあったとみられる。
国内情勢に関しては、2023年10月7日のハマースの攻撃に対する責任論と来年に控えた国政選挙が今般の攻撃に影響を及ぼしたとみられる。
停戦合意が履行され、2025年10月13日に生存していた人質全員が解放されたことを祝う一方、イスラエル国内ではネタニヤフ首相は必ずしも「解放の英雄」として受け止められていない。11日にテルアビブで人質の家族らが参加する集会が開かれた際、トランプ大統領への歓声が上がる一方、ネタニヤフ首相の名が挙がると会場からブーイングが起きた。
16日、『The Jerusalem Post』は、ネタニヤフ首相が10月7日の失敗をめぐる国民の怒りの高まりと政権運営に対する調査の実施を求める声に直面していると報じた。19日には『The Times of Israel』が、10月7日の攻撃に対するネタニヤフ首相に対する責任に言及する、人質家族の言葉を紹介した。こうした論調は、停戦合意後に度々イスラエルメディアに現れている。このまま停戦合意のプロセスが進めば、政権の責任を問う声が一層強まり、政権が瓦解する可能性があった。
さらに、議会選挙が2026年10月にイスラエルで予定されている。『The Times of Israel』が16日に示したデータでは、仮に今選挙を行えばネタニヤフ首相の「リクード」党が27議席を獲得し最大政党となる見通しだが、ベネット前首相が率いる「ベネット2026」党も22議席を得ると報じた。さらに、現在ネタニヤフ連立政権を構成する諸政党では、過半数を獲得することはできず、反ネタニヤフ勢力に敗れる可能性があると指摘している。
ハマースを弱体化させ、人質解放を実現したものの、ネタニヤフ政権に対する支持率は劇的に上昇していない。このまま議会選挙を迎えれば、ネタニヤフ政権は政権交代のみならず戦争の責任追及に直面する可能性がある。
「安全なイスラエル」を実現したネタニヤフ政権というイメージを固めるためにも、選挙戦が本格化する前にハマースを排除する必要が政権にはあったとみられる。
今般のイスラエルによる攻撃が継続し、停戦合意自体が維持できなくなるかは米国次第だろう。一方、停戦が成立する前の8日、イスラエル民主主義研究所は、イスラエル人の66%が「現在の交渉でハマースとの戦争を終わらせるべきだ」と考えているとの調査結果を発表していた。このデータに従えば、イスラエル国民の多くは戦闘の継続に疲弊している。
今般の政治的要請の帰結としての攻撃再開が、ネタニヤフ政権の支持率回復につながる可能性は低いとみられる。
(研究員 平 寛多朗)
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