№72 イスラエル・パレスチナ:停戦の陰で続く、西岸地区での暴力
ハマースとイスラエルの間で締結された合意は、イスラエル政府による承認を経て、2025年10月10日12時に発効した。これにより、イスラエルによるガザ地区での軍事行動は停止された。一方、ヨルダン川西岸地区では、イスラエル軍およびイスラエル人入植者によるパレスチナ人への暴力が続いている。
10日、パレスチナ自治政府の保健省は、西岸地区におけるイスラエル軍と入植者による襲撃で36名が負傷したと発表した。またこの日、イスラエル軍の銃撃により1名のパレスチナ人男性が死亡した。
11日、ラーマッラーで武装したイスラエル人入植者が、パレスチナ人の住宅を襲撃し家屋内を破壊、そこに住む兄弟が暴行を受けた。またベツレヘム西部では、イスラエル軍によるパレスチナ人少年への暴行が報告された。
12日、エルサレム北部とヘブロン南部で、パレスチナ人男性がイスラエル軍に銃撃された。同日早朝には停戦合意を受けて釈放予定だった複数のパレスチナ人囚人の自宅がイスラエル軍の襲撃を受け、家財の押収などが行われた。情報筋によれば、イスラエル軍はその際、解放の祝賀行事を行わないよう家族を脅迫したという。
また、10日以降も西岸地区の各地で、オリーブ収穫中のパレスチナ人がイスラエル人入植者の襲撃を受けている。報道によれば、入植者がパレスチナ人を負傷させ、車両への放火や、オリーブの木の伐採を行っている。さらに、土地からの退去をパレスチナ人に迫ったと報じられている。オリーブの収穫時期には毎年、入植者による襲撃が発生しており、パレスチナ人に甚大な物的損失をもたらしてきた。
評価
今般発効したハマース・イスラエル間の停戦合意は、イスラエルが進めていた「公式」的なヨルダン川西岸地区の併合を一定程度抑制する側面を持つ。
2025年7月23日、イスラエル議会はヨルダン川西岸地区とヨルダン渓谷に対し、イスラエルの主権を行使し同国の法を適用するよう政府に求める決議を可決した。この決議自体には法的拘束力はないものの、イスラエルによる西岸地区の併合の動きとして受け止められた。また、これに先立つ7月16日には、エルサレム東部のE1地区と呼ばれる地域に3000戸以上の新規住宅建設を認め、入植地建設計画を進める決定をイスラエルは行っていた。E1地区はヨルダン川西岸地区を南北に分断する位置にあり、その地域の事実上の「併合」はパレスチナ国家の樹立を阻むものとして国際的な非難を浴びてきた。なおE1地区の入植計画は8月20日に最終承認された。
今般の停戦合意は、米国のトランプ大統領の強い介入で実現した。そのトランプ大統領は、9月25日にイスラエルによる西岸地区の併合を許さないと発言している。29日には、イスラエルによるガザ併合の禁止を含む「20項目のガザ和平計画」を発表した。これらのことは、イスラエルによるパレスチナの併合を許可しないトランプ大統領の立場を示すものである。今般の停戦がトランプ大統領主導で行われた以上、イスラエルが西岸地区を「公式」に併合することは極めて難しくなった。事実、一部報道機関が、ヨルダン側西岸地区の併合計画は過去のものとなったというイスラエルの情報機関の認識を報じている。
しかし、今般の停戦合意はガザにおける軍事行動を停止させるものであり、西岸地区におけるイスラエルの暴力を止めるものではない。そのため、ガザ地区での停戦合意が発効した後も、西岸地区においてはイスラエル人による不当な権利侵害は継続し、同地に住むパレスチナ人は生命と財産が奪われる危険にさらされたままである。
今般の合意は「20項目のガザ和平計画」第一段階であり、今後、同計画に沿った第二段階として、ハマースの武装解除とガザ統治からの排除が進められる見通しである。10月12日、『Quds』紙は、ハマースに近い情報筋の話として、ハマースはガザ地区の統治に参加しない方針であると報じたが、武装解除に関しては困難なことが予想されている。しかしハマースが武装解除し政治に関与しなくなろうとも、西岸において現在のような状況が続くのであれば、抵抗、自衛のためハマースの思想に共鳴し、同じ路線を取る者が現れても不思議ではない。西岸地区を含めた包括的な和平計画でなければパレスチナの問題は解決しないと言える。
(研究員 平 寛多朗)
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