№64 イラク・トルコ:原油パイプラインの操業が2年半ぶりに再開
2025年9月27日、イラク北部のクルディスタン地域政府(KRG)支配地域とトルコを結ぶ原油パイプラインの操業が約2年半ぶりに再開した。同パイプラインは、トルコが2014~2018年にイラク連邦政府の承認を得ずKRG支配地域から原油を輸送していたことをめぐり、国際仲裁裁判所が2023年3月にトルコに対し損害賠償を命じたことを受け、操業が停止していた。
その後、石油収益配分をめぐる交渉がイラク連邦政府とKRGの間で行われ、8月14日に輸出再開の枠組みに関して合意に達した。9月24日にはイラク連邦政府とKRGに、外国石油企業8社やトルコ、米国も含めた協議において輸出再開合意が成立した。その結果、イラクのキルクーク油田で生産された日量19万バーレル(bpd)の原油が、トルコ南東部のジェイハン港に輸送された。この先、トルコ向けの原油輸出量は、2023年の操業停止前の水準である23万bpdまで引き上げられる見通しである。
評価
イラク連邦政府とKRGは長年にわたり、石油輸出管理をめぐって緊張関係にあった。イラク連邦政府は国内の全ての石油輸出権限を一貫して主張してきたのに対し、KRGは自らの支配地域にある天然資源を独自に開発・輸出してきた。こうした中、今回輸出再開に合意が成立した主な要因は、石油輸出に関連する支払いに米連邦準備制度(FRB)の決済システムが利用され、透明性が確保される見通しが立ったことである。この点から、米国がイラク国内の対立緩和を促し、仲裁役を果たしたと言える。
米国がイラク・トルコ間パイプラインの再開を後押しする背景には、欧州やイスラエルへの原油供給支援に加え、トルコの対ロシア・エネルギー依存を低減させる狙いがあると考えられる。パイプラインの操業停止前、ジェイハン港を経由して輸出されていたイラク産原油の主要輸出先は、イタリア、ギリシャ、スペイン、ルーマニアなどの欧州諸国やイスラエルであった。欧州諸国の大半は2022年のウクライナ侵攻を機に、ロシアの戦費につながる資源収入を断つため、同年12月に海上輸送によるロシア産原油の輸入停止に踏み切り、ロシア産の代替調達を進めてきた。イスラエルの場合、ガザ戦争の影響により、アゼルバイジャンやカザフスタンを除く産油国からの原油調達に苦戦している。
米国は現在、ウクライナ情勢を背景に、ロシア産原油を大量に輸入するインドや中国への圧力を強めている。さらにトルコに対しても、9月26日の米国・トルコ首脳会談で、トランプ米大統領がエルドアン大統領に対し、ロシアからの原油購入を停止するよう直接求めた。こうした状況下で、米国はトルコの代替調達を支援し、ロシア産原油への依存を低減させるために、イラク産原油のトルコ向け輸送を確保する方針に踏み出したと言える。
一方で、トルコの立場やねらいも無視できない。トルコは仲裁裁判で15億ドル規模の賠償を命じられた経緯を踏まえ、新たな枠組みの下で法的リスクを軽減させると同時に、輸送利権を確保する必要性があった。これまでのようにKRGと独自に契約を結ぶのではなく、イラク連邦政府を前面に据えることにより、国際法上の不安定要素を回避したとみられる。
また、トルコはエネルギー・ハブ国家としての地位を維持・強化する狙いを持つ。カスピ海からのアゼルバイジャン産原油・天然ガス輸送に加え、イラク産原油を安定的にジェイハン経由で欧州市場に供給できれば、トルコは地域の「不可欠な中継地」としての地位を固められる。これはエネルギー安全保障を外交・経済カードとして活用するエルドアン政権の一貫した戦略とも合致する。
さらに、国内政治的な計算もあるとみられる。エルドアン政権はインフレ抑制とエネルギー価格安定に苦心しており、原油輸送手数料収入や輸入先多角化は政権基盤の安定に直結する。加えて、2025年5月にクルディスタン労働者党(PKK)が解散を発表したとはいえ、クルド民族問題そのものが解消されたわけではない。トルコにとってPKK問題は依然として重要な課題であり、KRGの「石油を通じた財政的自立」をけん制し、バグダード主導の中央集権的枠組みに組み込むことは、自国内における分離主義的動向の抑制にも資する。
対ロシア関係については、イラク産原油パイプラインの再開はトルコの対ロシア依存を相対的に低下させ、交渉力を高める一方、ロシアはトルコを「完全に米国側に傾かせない」ため、エネルギー、原発、観光など今後、多方面での関与を強化する可能性がある。結果として、トルコは米国とロシアの間で一層巧みな「バランス外交」を展開することが求められるだろう。
【参考】
「イラク:クルディスタン地域からの石油輸出再開の合意」『中東かわら版』No.45。
「ガザ危機とイスラエルのエネルギー安全保障」『MEIJコメンタリー』No.10。
(主任研究員 高橋 雅英)
(主任研究員 金子 真夕)
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