中東かわら版

№63 レバノン:ヒズブッラーが武装解除の拒否を宣言

 2025年9月27日、ヒズブッラーはイスラエルに暗殺されたハサン・ナスルッラー前書記長の暗殺1周年追悼集会を開催した。ナイーム・カーシム書記長は集会でのテレビ演説で、現在のイスラエルとの紛争を「アメリカとヨーロッパの支援を受けたイスラエルによる世界的な戦争であり、戦争の目的は地域全体での大イスラエル(の実現)への道で抵抗運動を終わらせることだ」と評した上で、ヒズブッラーは武器を放棄しないし、同党の武装解除も許さないと述べた。ヒズブッラーの武装解除問題については、2025年中に実現すべしとのアメリカの要求に基づきレバノン軍が計画を策定したが、レバノンでは現在もイスラエル軍がレバノン領を占拠している上、イスラエル軍による爆撃が連日行われている。こうした状況を受け、ヒズブッラーと同党と提携する諸派は武装解除を拒んでいる。また、レバノン軍・政府もイスラエルによる侵害行為が続く中でのヒズブッラーの武装解除に消極的で、アメリカ政府に対しイスラエルを抑えるよう求めている。

 アメリカ政府はヒズブッラーの武装解除を促すため、1978年3月に編成されて以来延長を繰り返してきた南レバノンで活動する国連レバノン暫定軍(UNIFIL)の任期を2026年12月31日までの延長を最後にすると安保理決議(2790号)を議決させた。UNIFILの主な任務には南レバノンからのイスラエル軍の撤退監視、南レバノンでのレバノン政府の権威回復(=レバノン軍の南レバノンへの展開)の支援があるが、9月29日にUNIFILはイスラエル軍がレバノン領内にとどまることにより、レバノン軍が南レバノンに完全に展開できないと発表した。

評価

 「国家による武器の独占」を名分とするレバノン国内での諸派の武装解除は、パレスチナ難民キャンプの一部の武器引き渡しのように具体的な行動も起きている。しかし、レバノン軍・政府は無論のこと、UNIFILにもアメリカ政府にもレバノンに対するイスラエルの占領や侵害行為を排除する意志や能力はない。2023年10月以来の紛争により「抵抗の枢軸」陣営が実質的に壊滅したため、ヒズブッラーの軍事力もレバノン国内での政治的立場も著しく弱体化した。しかし、イスラエルによる占領と侵害行為が続く限り、ヒズブッラーが武装と抵抗運動を自発的に放棄することは考えにくい。また、武装闘争を含むヒズブッラーの存在は、イスラエルによる侵略と占領だけでなく、レバノンの政治体制とその中での不均等な権益配分にも由来する。宗教・宗派集団を政治的権益の配分単位とするレバノンの政治体制の下では、国防、内務のような安全保障や治安を担う役職、軍や警察、情報機関の幹部職員のような役職が特定の宗教・宗派集団に「権益」として割り振られているが、レバノンの独立以来過小な「権益」配分を受けているシーア派は、有力な軍事・治安・諜報機関の役職を得ていない。このため、レバノンのシーア派の社会にヒズブッラーでないとしても類似の機能・組織を必要とする気運は残り続けるだろう。ヒズブッラーの武装解除を求める諸当事者も、レバノンの政治体制やその中での権益配分について特段の立場を表明していない。レバノンの内外の情勢の一側面だけに着目して「国家による武器の独占」を唱導することに無理があると思われるとともに、そもそも現下の政治体制が「レバノン人民全体を等しく代表し、武器を独占する」にふさわしいものなのかが問われている。

(特任研究員 髙岡 豊)

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