中東かわら版

№57 エジプト:エジプトの仲介に対するイスラエルの牽制

 ここ最近、ガザ情勢をめぐりイスラエルとエジプトの応酬が続いている。2025年9月3日、イスラエルメディアは、イスラエルのネタニヤフ首相とコーエン・エネルギー相が8月7日にエジプトとの間で締結した大規模なガス輸出契約を再検討していると報じた。イスラエル側は、1979年に両国間で結ばれた平和条約にエジプトが違反した可能性をその根拠として指摘した。

 この報道の翌日4日には、カイロでアラブ連盟の閣僚級会合が予定されていた。同会合では、パレスチナ問題が議題の大半を占め、パレスチナ国家樹立への支持が改めて表明された。ガス契約再検討の動きは、ホスト国であるエジプトへの牽制的意味合いが強いとみられる。

 同じく4日、エジプト国家情報局のラシュワーン局長はテレビインタビューで、契約を破棄すれば、イスラエルは政治的・経済的に深刻な結果に直面すると警告した。また、エジプトはイスラエル産のガスだけに依存しているわけではないと主張し、契約が破棄されたとしてもエジプトに問題がないことを強調した。

 一方でネタニヤフ首相は、同日4日、「ガザを離れようとするパレスチナ人のためにラファフ検問所を開くことはできるが、エジプトがその門をすぐに閉じるであろう」という趣旨の発言を行った。翌5日には、米国紙にアブドゥルアーティー外相の寄稿文が掲載され、人道支援物資の輸送のため、エジプト側のラファフ国境検問所は開放したままであるが、検問所のパレスチナ側を支配するイスラエルによって援助の流れが阻害されていると強調している。つまり、検問所を閉ざしているのはイスラエルだという主張である。ネタニヤフ首相の発言は、この寄稿文に先立つ形で反論したことになる。

 ネタニヤフ首相の発言に対し、5日、エジプトはパレスチナ人の追放を意図したかのような言説を非難するとともに、エジプトがパレスチナ人の避難の入り口になることはないと強調する声明を出した。さらに6日、アブドゥルアーティー外相が、警備強化のため閉鎖していたカイロの外国大使館周辺道路を「例外なく」開放し、通行を制限していたバリケードを撤去すると述べた。これは、在英エジプト大使館前での抗議活動に英国が「適切な措置」を取らなかったことへの報復とみられるが、この「例外なく」との表現はイスラエル大使館も今後警備強化の対象外となることを示唆したと思われる。

評価

 今般のイスラエルによる牽制は、ガザ戦争の仲介者としてのエジプトの矛盾と限界を如実に示すものとなった。エジプトはイスラエルとの関係において、政治(停戦仲介)と経済(ガス)を切り離そうとしているが、イスラエルは安全保障の観点からエジプトとのガス契約を位置づけている。エジプト側は「ガスはイスラエルのみではない」と主張するものの、現在エジプトで消費されるガスの17%(2024年時点)がイスラエル産であり、ガス不足に苦しむエジプトにとって、イスラエルからの供給停止は深刻な打撃となる。つまり、エジプトの生活的基盤はイスラエルに大きく左右されている。

 ラファフ国境検問所に関しては、エジプトは「門を閉ざしているのはイスラエルである」と批判を強めてきた。しかし検問所が再開し、パレスチナ人がガザからエジプトへ流入する事態となれば、困難に直面するのはエジプトである。エジプト政府は強制的であれ自発的であれパレスチナ人の「移住」を拒否する立場を取っており、パレスチナ人が流入すれば、ネタニヤフ首相の指摘通り、エジプトはおそらくラファフ国境検問所を閉鎖するであろう。そうなれば、国際的な非難を招き、エジプトの信用が低下することは免れない。

 エジプト側はパレスチナ人の「移住」はレッドラインであると繰り返してきたが、自国の経済的発展を優先する立場から、イスラエルに対して軍事的行動をとるとは考えにくい。パレスチナ人の移動が始まれば、エジプトは極めて難しい状況に追い込まれることが予想される。

 ここ最近、イスラエルへの非難をエジプトは強めているが、その批判はイスラエルの「自制」に依存しているにすぎない。その弱点をイスラエルに見透かされ、今般のネタニヤフ首相の発言につながった。

 また今般の一連の出来事は、仲介者であるエジプトがイスラエルとコミュニケーションを取れていないことを示すものでもある。8月半ばにエジプト、カタル、米国が提案した60日間の停戦案をハマースが受け入れたことを受け、エジプトは繰り返し「ボールはイスラエルの側にある」と述べてきた。米国紙に掲載されたアブドゥルアーティー外相の寄稿文にも同様のことが書かれている。一方で、イスラエル側はこの投げかけに応えることなく、エジプトは8月後半から「受け入れがたい無視」とイスラエルに対する非難を一層強めていた。

 6月13日、イスラエルによるイランへの大規模な攻撃が始まったことを受け、世界各地のイスラエル公館を閉鎖するという声明をイスラエルは出した。現在、エジプトのイスラエル大使館の状況は不明であるが、執筆時点で公式サイト上の住所はエジプトではなくエルサレムとなっている(UAE、バハレーンの住所はエルサレムではなくUAE、バハレーン)。これはエジプトとの外交接点の希薄化を示しており、そのことが今回の「空中戦」を招いたと考えられる。同時に、この希薄化は、カタルや米国と共に停戦仲介を進めるエジプトを軽視し、自らに有利な状況を創出しようとするイスラエルの姿勢を浮き彫りにしている。

(研究員 平 寛多朗)

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