中東かわら版

№55 イスラエル・UAE:ヨルダン川西岸地区併合案をめぐる動き

 2025年9月3日、イスラエルのスモトリッチ財務相は、「最大限の領土と最小限の(パレスチナ)人口」をイスラエルの主権下に置くとの趣旨で、イスラエルがヨルダン川西岸地区の82%を併合する案を発表した。ベルギーが英国・ポルトガル・マルタ・フランス・カナダ・オーストラリアとともに、今月下旬の国連総会でパレスチナの国家承認を行うと発表した翌日の出来事である。

 スモトリッチ財務相の発表を受けて、UAEのヌサイバ外相特使は声明を通じ、西岸地区併合はUAEにとっての「レッドライン」であり、「(アブラハム合意を経て高まった)地域統合を求める動きを終わらせる」と警告した。

 

評価

 イスラエルでは、ガザ地区での軍事展開が終盤を迎えつつあるタイミングで、西岸地区への展開が争点に加わっており、スモトリッチ財務相の発表はこれに乗じたものである。また月末の国連総会で欧州諸国がパレスチナ国家を承認する流れの中、イスラエルにとって西岸地区併合案には、これをけん制するためのカードとしての役割もあるだろう。

 これに対して、UAEはガザ戦争開始以降、イスラエルに対して最も強いといえる態度を表明した。ヌサイバ特使の声明にあるように、UAEにとって西岸地区併合は、ガザ地区侵攻とは質の異なる「レッドライン」と位置づけられる。なぜならUAEは2020年のアブラハム合意(イスラエルとの国交正常化)の際、その意義を「イスラエルによる西岸地区併合の阻止」だとアピールしたからである。イスラエルによる西岸地区併合がなされれば、UAEとしては立つ瀬がなくなるという事情がある。

 一方、アブラハム合意は、イスラエルの外交的勝利であると同時に、第一期トランプ政権のレガシーでもある。UAEとしてはアブラハム合意を引き合いに出し、西岸地区併合がイスラエル・UAE関係を悪化させるだけでなく、トランプ大統領のキャリアを汚すと示唆することで、イスラエルと米国の双方を警告していることになる。

 もっとも、以上は一閣僚と特使のレベルでなされたもので、政府の公式発表ではない。すなわち、まだ観測気球と呼べる段階だろう。イスラエルとしては、西岸地区併合の取り下げを欧州諸国のパレスチナ国家承認の取り下げと相殺できれば外交的勝利となろうし、UAEとしても西岸地区併合の取り下げによるアブラハム合意の維持は自国の面子を保つことになる。

 なおUAEと同時にアブラハム合意に加わったバハレーンは、8月27日に新任のイスラエル大使を受け入れたばかりである。

(研究主幹 高尾 賢一郎)

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