中東かわら版

№42 エジプト:ガザで人道的惨事が進行する中、イスラエルと最大規模のガス契約

 ここ数年、エジプトは国内需要の増加により慢性的なガス不足に直面している。特に気温上昇でエアコンの使用率が高まる夏季には、発電用のガス供給が逼迫し、2023年7月には最大6時間に及ぶ計画停電が開始された。こうした事態を受け、エジプト政府は2024年夏にLNG輸入量の拡大に踏み切った。

 今年6月にゴールドマン・サックスが示した予測では、今年と来年は年間700万~900万トンのLNGの輸入が必要とされている。さらに、2026年から2030年にかけては約1200万トンの輸入が必要になる見通しである。

 こうした状況の中、2025年8月7日、イスラエルのニューメッド・エナジー社は、2040年までにリバイアサン・ガス田で生産された天然ガス130BCM(※BCMは10億立方メートル)、金額にして約350億ドル分をエジプトに輸出する契約を締結したとプレスリリースで発表した。同契約は、イスラエルで天然ガスが発見されて以来、最大規模の輸出計画となっている。ロイター通信は、この供給量が実現すれば、エジプトはLNG輸入に頼る必要がなくなるとの見方を伝えている。

 イスラエル側の発表から2日後の8月9日、エジプトの石油・鉱物資源省は、ガス輸入に関してイスラエルと新たな契約は締結していないと発表した。そして今般の契約は2018年の契約の延長であることを強調した。

 エジプトは、2018年に10年間で最大64BCM(150億ドル相当分)の天然ガスを輸入する契約をイスラエル企業2社と締結している。2019年にはガス輸送に必要な東地中海ガスパイプライン(EMG)の権益取得が行われ、2020年から同パイプラインを通じてイスラエルからのガス供給が始まった。

 9日の発表では、今般の契約で示された数字は最終的なものではないことが明言された。また「ガスが必要であればそれでよく、必要なければそれでも構わない」と述べた上で、最優先事項は戦略的な保険であることが強調された。これは今般の契約が、あくまで保険的な性格のものであり、場合によってはガスの輸入を行わない可能性を示唆するものである。

評価

 今般のガス契約は、ガザ情勢をめぐりエジプトがイスラエルに対する非難を強める中で発表された。5日、シーシー大統領は、ガザでの戦争はもはや人質などの問題ではなく、飢餓を使った戦争であり、ジェノサイド、パレスチナ問題を消し去ろうという試みであると述べ、イスラエルを非難した。6日には、アブドゥルアーティー外相がガザに対する国際社会の対応を恥ずべきものだと糾弾し、イスラエルに対する国際的圧力を求めている。経済的にはエネルギー安定確保の動きである一方、政治的にはガザ情勢をめぐる緊張下での発表となり、内外に複雑なメッセージを送るものとなっている。

 こうした政治的背景を踏まえ、9日の発表が行われたとみられる。エジプトの独立系オンラインメディアの「マダー・マスル」は、今般の契約交渉がガザ地区におけるイスラエルの大量虐殺と並行して行われたと批判的に伝え、エジプトがガザ地区の包囲と飢餓に加担していると非難を受けていると指摘している。ガザ戦争以降、隣国ヨルダンでは、ガス輸入契約破棄を求める声が上がっており、同様の圧力がエジプト国内でも高まることで、政府の政策が国民から非難される可能性は否定できない。そのため、今般の契約について、新規契約ではなく「戦略的な保険」であり、場合によっては輸入を行わない可能性があることを強調したのだろう。

 しかしこのような主張は政治的メッセージの色合いが強く、実際に輸入を停止する可能性は極めて低い。英国拠点のエネルギー研究所によれば、イスラエル産ガスは2024年時点でエジプトの消費量の17%を占める。6月にイランとイスラエルが軍事的に衝突し、イスラエルからのガス供給が停止した際には、電力供給維持のため政府は緊急事態用プランを発動させている。エジプトはエネルギー面でイスラエルに大きく依存しており、ガス供給を自ら断つことは現実的ではない。

 今般の契約は、国内需要への対応だけでなく、エジプトの経済戦略とも関係している。地中海と紅海に面し、アフリカ、ヨーロッパ、アラブ諸国と結ばれるエジプトは、エネルギーや産業のハブとしての地位確立を目指している。現在建設中のダバア原子力発電所の1号機は、2028年後半に稼働開始予定であり、残りの3基も2029年に完成する見通しである。原発の稼働により電力供給が安定すれば、エジプトが有する地域で唯一のLNG施設を活用し、イスラエルやキプロスからのガスを液化して欧州に再輸出する構想を進めるとみられる。こうした産業ハブとしての地位を維持・強化するためにも、事業用電力の安定確保は不可欠であることから、今般の事案は、パレスチナ問題の解決に尽力しつつも、自国の経済的利益を最優先するエジプトの戦略的姿勢を改めて浮き彫りにした。

【参考】

「エジプト:キプロス産ガスを輸入し、欧州にLNG輸出へ」『中東かわら版』2024年度No.129。

エジプト:ガス不足の深刻化を受け、LNG輸入の拡大へ」『中東かわら版』2024年度No.17。

「エジプト:イスラエルからのガスパイプラインの停止」『中東かわら版』2023年度No.99。

「イスラエル・エジプト:欧州への天然ガス輸出に関する協力合意」『中東かわら版』2022年度No.37。

(研究員 平 寛多朗)

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