中東かわら版

№46 イスラエル:イエメン空爆の思惑とその余波

 2024年7月20日、イスラエル空軍はイエメンのフダイダに複数回の空爆を実施した。同市はイエメンの主要貿易港がある経済・軍事的要衝で、現在はフーシー派(アンサールッラー)が実効支配している。フーシー派によれば、空爆はフダイダ港の発電所と石油タンクを標的としたもので、80名以上の重軽傷者に加え、死者も発生したが、被害の全容はまだ明らかにされていない。

 同攻撃は19日にフーシー派が行ったテルアビブへのドローン攻撃に対する報復として実施された。空軍発表によれば、攻撃を行ったのはF-15、F-16、F-35の各戦闘、偵察機、空中給油機を含む数十機からなる編隊で、イスラエル空軍史上、本国から最も離れた場所での作戦になったという。

 イスラエルのネタニヤフ首相は今次報復について、「いかなる敵もイスラエルの射程にあることが明らかになった」と述べ、またガラント国防相は、フーシー派が反撃すればイスラエルもさらなる報復を行うと警告した。

 

評価

 F-15、16、35という、イスラエル空軍の所有する主力戦闘機が軒並み出撃したことを考えれば、今次報復にはイスラエル側の相当に強力なメッセージが込められているといってよい。もちろんそれはフーシー派だけでなく、むしろレバノンのヒズブッラー、イラク・シリアの親イラン民兵、そしてイランという、いわゆる「抵抗の枢軸」全てに向けられたものだ。

 他方で、これが「抵抗の枢軸」を委縮させるかどうかは不透明である。イラン、ヒズブッラー、ヒズブッラー旅団、洞窟の仲間達といった諸派はフーシー派への支持・連帯、及び諸派間の連帯を呼びかけるメッセージを早急に発しており、21日には「イラクのイスラーム抵抗」名義で、同日未明にエイラートに向けてドローンを発射したとの声明が出された。またフーシー派も同日、エイラートに弾道ミサイルを発射したと発表している。

 とはいえ、現実的に考えれば、イスラエルの中心都市に対して犠牲者が出るレベルの攻撃をフーシー派が継続するのは容易ではない。21日の作戦の標的はエイラート、すなわちこれまでも継続的に攻撃してきたがイスラエルの迎撃システムに防がれ、結果報復されることはなかった場所であった。ここからうかがえるように、おそらく当面の間、フーシー派の攻撃はイスラエルが報復攻撃に踏み切るほどのものにはならないだろう。

 イスラエルとしても、今以上に戦火が拡大するのは望むところではないだろう。確かにフーシー派への攻撃は、ヒズブッラーへの攻撃同様に、ガザ地区での軍事展開よりは国内外から支持を得やすいだろう。それでも、地域の中で進む自国の孤立がさらに進む可能性がある。事実、19日のフーシー派によるテルアビブ攻撃を受けて、周辺アラブ諸国がフーシー派批判一色になったわけではない。本来であればイスラエルのフーシー派攻撃で漁夫の利を得られるはずのイエメン統一政府(フーシー派と対立)も19日以降の動きに関して明確な立場を示していない。

 加えて言えば、6月の最高裁の決定により、イスラエルでは超正統派ユダヤ教徒の男性に対する徴兵義務が決定された。これを受けて21日、イスラエル国防軍は18~26歳の当該男性に最初の徴兵命令(1,000通)を発出した。世論を分断する案件ゆえに、イスラエル政府とすれば超正統派ユダヤ教徒の徴兵(の必要性)を後押しする事態は避けたいだろう。

 昨年10月のガザ戦争以降、フーシー派は率先してイスラエルを直接攻撃し、「抵抗の枢軸」の末弟という立場から、次第に存在感を強めてきた。今回も敢えて虎の尾を踏むことでそのプレゼンスを発揮している。こういった点で、ガザ戦争を最も効果的に利用している主体だと言えるだろう。

 

【参考情報】

「イエメン:フーシー派によるテルアビブへのドローン攻撃」『中東かわら版』No.43、2024年7月19日。

(研究主幹 高尾 賢一郎)

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