№42 レバノン・シリア:ゴラン高原に戦火が拡大
レバノンとイスラエルとの間で爆撃・砲撃・無人機攻撃を繰り返していたイスラエル軍とヒズブッラーが、交戦の場をシリア領のゴラン高原に拡大しつつある。2023年10月8日にヒズブッラーがガザ地区をはじめとするパレスチナを支援するためと称してイスラエル軍との交戦を始めて以来、ゴラン高原のイスラエル軍の拠点も度々攻撃対象となってきた。しかし、最近はゴラン高原やその周辺でイスラエル軍やイスラエル人の住民が死亡する事例(7月4日、9日、11日)が短期間に頻発している。また、イスラエル軍もシリア領内で活動するヒズブッラーの施設や要員に対する攻撃(10日)だけでなく、ヒズブッラーによる攻撃をシリアの責任と主張してシリア軍への攻撃(10日)を行うなど、ゴラン高原被占領地を中心にシリアをも巻き込む形で戦火が拡大しつつある。
評価
2023年10月8日以来、ヒズブッラーは自らの軍事行動をパレスチナ支援と位置づけ、地上部隊の交戦のようなイスラエルとの本格的な戦闘を避けつつ戦闘を展開してきた。これは、レバノン方面でヒズブッラーをはじめとする抵抗運動側とイスラエルとの間で長期間かけて形成されてきた暗黙の「ルール」とも呼ぶべきものの範囲内で戦闘を制御してきたからである。ヒズブッラーとしては、イスラエルとその背後に控えるアメリカなどとの戦力の差や、戦闘が本格化した場合にレバノン全体が被る打撃に鑑み、今般の紛争でレバノンが主戦場となるような事態を避けたいところである。このため、これまでのイスラエル北部に対する攻撃では、入植地やイスラエル軍の監視施設・装備を使用不能にすることを重視し、イスラエル側の人員を多数殺傷することを意図しない攻撃に終始してきた。また、既存の「ルール」やこれまでの経験に基づく予想を逸脱するようなイスラエルの軍事行動に対しても、戦闘の拡大回避と逸脱を容認できないという両立困難な方針に挟まれ、使用する兵器の量・質を徐々に強化するという苦しい対応に終始している。
ヒズブッラーがゴラン高原被占領地でイスラエル側の人員を殺傷する攻撃を実施したことは、レバノンに対する本格的な侵攻を回避しつつイスラエルからの脅迫や攻撃に反撃することを意図した際どい行動である。ただし、「アクサーの大洪水」攻勢以来、イスラエル側には戦争継続・拡大を望むかのような好戦的な態度が目立っており、イスラエルの側に既存の「ルール」やそれに沿った交戦当事者間のメッセージのやり取りを理解する意志や能力があるのかについて、不安も絶えない。
(協力研究員 髙岡 豊)
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