中東かわら版

№76 トルコ:黒海穀物イニシアティブ再開に向けエルドアン大統領がプーチン大統領と直接会談

 2023年9月4日、エルドアン大統領は、ロシアのソチを訪問しプーチン大統領と会談した。約3時間にわたった同会談においてエルドアン大統領は、7月にロシアが離脱した黒海穀物イニシアティブはすぐにでも再開可能との考えを表明し、そのためには国際社会がロシアの要求に応えるべきだと強調した。また、エルドアン大統領は、このイニシアティブがアフリカの最貧国にとっては生命線であり、現在でも最も安全で効果的な食糧危機回避の方法であると述べ、プーチン大統領にイニシアティブへの復帰を求めた。

 これに対しプーチン大統領は、西側諸国の約束は一つも守られておらず、ウクライナは黒海上の人道回廊を軍事目的に利用していると非難した。こうした状況から、ロシアは穀物輸出に対して科されている制裁措置が解除された場合のみ、同イニシアティブに復帰すると応じた。

 他方、両首脳はカタルを加えた3カ国の協力により、アフリカの最貧6カ国に100万トンのロシア産小麦を無償で提供する支援する計画についても協議した。同計画はトルコでロシア産穀物を小麦粉に加工してからアフリカ諸国へ提供するもので、カタルも参加に同意している。プーチン大統領は、世界の食糧市場の安定化のため、ロシアは協力する用意があると語り、ロシア産小麦の供給はすぐにでも実施できるとの見通しを示した一方で、同計画は黒海穀物イニシアティブの代替策ではないと強調した。

 エルドアン大統領は首脳会談終了後、和平への道は遠いが見解の相違を埋め、解決策を見出せると信じている、と語り、トルコは引き続きイニシアティブの更新に向けて努力していくと強調した。

 

評価 

 

 エルドアン・プーチン両大統領の直接会談は2023年以降、今回が初となったが、首脳会談の前段階として、フィダン外相が8月31日~9月1日にモスクワを訪問し、ラブロフ外相、ショイグ国防相との個別協議を実施している。この会談の中でフィダン外相は、ロシアの黒海穀物イニシアティブへの復帰を働きかけたが、前向きな答えを得ることは出来なかった。これを受け、トルコ外交筋の間では、今次首脳会談でもエルドアン大統領がプーチン大統領を説得することは困難で、もし解決できれば奇跡だとの見方が広がっていた。

 フィダン外相のロシア訪問と同時期の8月31日、国連のグテーレス事務総長は、ラブロフ外相宛にイニシアティブ更新のための条件整備を可能にする、具体的な提案を盛り込んだ書簡を送付したことを明らかにしている。事務総長は、書簡内容の詳細に関する言及は避けたものの、ロシア産穀物及び肥料を適切な価格で世界市場に効果的に流通させる、という懸念に対する具体的な解決策をいくつか持っているとして、ロシアのイニシアティブ復帰に向けた努力を継続する意向を示した。同書簡についてラブロフ外相は、ロシアが求めているのは、約束の履行であり保証ではないとしながらも、協議が具体性を伴う決定に代わり次第、再開させる用意があると反応し、一定の含みを持たせている。だが、現在までのところ、トルコ・ロシアの直接交渉及び、国連による対ロシア制裁緩和に向けた西側の説得工作はうまくいっていない。ウクライナ戦争が膠着状態のなか、選挙を控えるプーチン政権にとって、黒海穀物イニシアティブは西側に対する重要なカードの一つであること、また、西側諸国に対するロシアの不信感がかなり根強いことから、復帰までの道のりは険しいものになると予想される。

  

【参考】

「トルコ:黒海からの穀物輸出でロシア・ウクライナが「歴史的」合意」『中東かわら版』2022年度No.56。

「トルコ:ロシア・ウクライナ合意による穀物輸出実施に向けた「共同監視機構」が発足」『中東かわら版』2022年度No.59。

トルコ:ロシアが黒海穀物輸出の無期限停止宣言から方針転換『中東かわら版』2022年度No.114。

トルコ:ロシアが黒海穀物イニシアティブからの離脱を表明『中東かわら版』2023年度No.61。

  

金子真夕「ウクライナ戦争がトルコに与える影響――トルコにもたらす好機と危機」『中東研究』第546号。

 

(主任研究員 金子 真夕)

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