中東かわら版

№184 イラク:水需給の一時的緩和と今後の課題

 イラク政府と国連は、世界水の日(3月22日)に合わせてイラクの水の需給状況について情報を発信した。イラク政府によると、過去数週間にクルド地区をはじめとする国内諸県で死者を含む多数の被災者が出る洪水が発生している。水資源省は、これらの洪水の水流を過去数年間の深刻な干ばつによって貯水量が減少していたダムや貯水池に誘導することに成功し、今期の農業需要に応えるとともに、夏場の渇水に対応するのに十分な貯水量を達成したと発表した。発表によると最近の降雨により貯水量が150万立方メートル増加し、今後数日間も降雨が続くことが予想される上、北部の山岳地からの雪解け水の流入が見込まれる。また、農業省は、今期は史上まれにみるほど農業用水に恵まれた季節となり、砂漠地域で新たに400万ドナムの作付けが可能となるなど、600万ドナムで作付けができると予測している。また、農業省は過去数年の干ばつが原因で離農が相次いでいる国内の農業保護のため、国産小麦1トンを約600ドル(オーストラリア産小麦の価格は350ドル)で買い付けている。

 一方、国連はイラクで深刻化する塩害と水質汚染に注意喚起し、近隣諸国との水資源の分配と国境を越えて流れる水の管理が地域の協力の強化と平和の保持にとって非常に重要であるとの声明を発表した。イラクは長年にわたり、イランとトルコが必要な水量を下流に放流しないという「不正な」水政策をとっていると異議を申し立てているが、国連の声明によると気候変動、水質悪化、不適切なごみ処理行政も水の不足と汚染を深刻化させる原因である。国連機関は、これまでに南イラクを中心に7カ所の浄水場の修復、太陽光発電を用いた浄水の導入事業を行っている。

評価

 イラクでは、2023年6月に2023年度、2024年度、2025年度の3年度分の連邦予算が可決(注:2022年度は政局の混乱のため予算案が議決されなかった)されるなど、水不足や干ばつへの対処を妨げてきた要因が若干緩和されていた。そこに、最近の降雨量の増加により、2024年の夏季を中心に、ごく近い将来の水需給が一時的に緩和するとの見通しが立った模様である。ただし、長引く干ばつのため離農して職を求めて都市部に転居する者が増加したり、水利用の効率が悪い地表灌漑の利用が続いたりしているなど、一時的な降水量の増加では解消できない問題も山積している。特に、2022年のイラクの人口は1997年との比較で2倍近くに増加しており、人口増に伴う水需給の逼迫こそが問題の根本的な原因といえる。なお、イラクから見るとユーフラテス川の上流に位置するシリアでも、過去2年の降水量は干ばつ期に比べて若干改善しているが、同国では紛争や諸勢力が領域を分割するように割拠する状態が続き、イラクも含めた水利用の効率化や水質改善のための実効的な国際協力が行われる見通しは立っていない。

(協力研究員 髙岡 豊)

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