№170 シリア・イラク:アメリカ軍が「報復」攻撃を実施
2024年2月2日~3日にかけて、アメリカ軍はイラクとシリアにあるイランの革命防衛隊や「イランの民兵」と呼ばれる諸派の施設を航空攻撃した。アメリカ軍の発表によると、攻撃は7カ所の85の目標に対し125発の精密誘導弾などを用いたものだ。また、アメリカ軍は2月7日夕刻にバグダード市の市街地で民間車両を航空攻撃した。攻撃により、「ヒズブッラー部隊」幹部のアブー・バーキル・サーイディー(本名:ムハンマド・サービル)が死亡した。同人は、1990年代からサドル派の支持者だったが、2006年に同派から「アサーイブ・アフル・ハック」が分裂するとこちらに合流し、その後まもなく「ヒズブッラー部隊」に移籍した。なお、「ヒズブッラー部隊」はイラン・イスラーム共和国の統治理論である「法学者の統治」への支持を表明している。アメリカ軍は、これまで「イラクのイスラーム抵抗運動」名義で戦果発表が出回っているイラクやシリアでのアメリカ軍施設への攻撃に「ヒズブッラー部隊」が関与していると主張しており、サーイディー氏は同派のイラク国外での作戦の責任者と考えられている。
「ヒズブッラー部隊」をはじめとする「イランの民兵」と呼ばれる諸派は、イラクで「イスラーム国」との戦闘を前線で担った「人民動員隊」を構成する民兵である。「人民動員隊」は2016年秋にイラクの国会で成立した複数の法規によりイラクの治安部隊の一部として公的機関と位置付けられている。このため、今般のアメリカの攻撃に対するイラク側の反応には、イラクの公的機関・治安部隊への攻撃として攻撃を非難するものも含まれる。
評価
アメリカ軍との軍事力の差に鑑みれば、イラクやシリアで「イランの民兵」がアメリカ軍との全面対決に乗り出す可能性は低い。イランや同国の革命防衛隊が紛争により深く関するようになるとしても、当事者間の力関係や諸当事者の行動が大きく変わることはないと思われる。しかし、2023年10月以降の「イラクのイスラーム抵抗運動」の行動はガザ地区での情勢推移に対し不満を表明するメッセージとしての意味合いが強いものであり、同地区の状況が悪化の一途をたどり続ける以上、「イラクのイスラーム抵抗運動」による軍事行動が完全に止むことも考えにくい。アメリカ軍と「イラクのイスラーム抵抗運動」との間では、今後も双方が相手に生じる物理的打撃の範囲や程度を勘案しながらの交戦が続く可能性が高い。その場合、シリアでアメリカ軍の「現地勢力」として活動している「シリア民主軍(SDF)」にも攻撃が及ぶこともありうるが、アメリカ軍が同派の人的被害に対し本格的な「報復」に出ることは考えにくい。
一方、イラクの政府・議会では、アメリカ軍の行動を「イスラーム国」対策やイラクの軍・治安部隊の育成のためにイラクに駐留しているはずのアメリカ軍などの任務からの逸脱とみなす声が出ている。これは、イラクの与党の多くが民兵組織を擁しつつ国政に参加しており、その民兵が「人民動員隊」を構成する諸派だという事情を反映している。イラクとアメリカの両政府は、イラクに駐留する連合軍の任務や「イスラーム国」の状況を検討する高等軍事委員会を通じて駐留問題について協議すると発表している。委員会での協議が短期間のうちにアメリカ軍などの撤退につながるわけではないが、「イランの民兵」諸派にとっては、イラクの政党・議会・政府を通じて駐留問題を顕在化させることでアメリカ軍に対する政治的な「反撃」とすることが現実的な手段となろう。
(協力研究員 髙岡 豊)
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