中東かわら版

№94 イスラエル・パレスチナ:再燃したガザ戦争#1――イスラエルはハマースとの戦争を宣言

 2023年10月7日朝、ガザを実効支配するハマースは、イスラエルに対する前例のない大規模かつ多面的な作戦を開始した。不意を突かれたイスラエル側の被害は甚大で、死者数は過去最大となり、イスラエル政府はハマースに対する戦争を宣言した。

 全体像はまだ曖昧な部分もあるが、報道を整理すると約1000人程度のハマース軍事部門の兵士が、境界のフェンス・壁を破壊してイスラエル側に侵攻し、ガザ境界付近の市町村、農場などを襲撃した。境界付近の地域におけるイスラエル側の死者数は700人(日本時間10月9日午後時点)を超えるとされ、ハマースの戦闘員も約400人が死亡したとみられる。イスラエル軍は9日夕方、ガザ境界付近のすべての地域をコントロール下に置いたと発表したが、残留するハマース戦闘員の掃討作戦を継続中としている。また、約130~150人のイスラエル人市民・兵士がハマースに拘束されガザに連行されたことも明らかになった。

 ロケット弾は、初日に約2000発、9日までの72時間で累計約4400発が、イスラエル南部・中部に向けて発射された。テルアビブ、エルサレム近郊にもロケット弾が着弾している。国外の一部航空会社は、テルアビブ空港へのフライトを停止・延期すると発表した他、各国には自国民を退避させる動きも出ている。ロケット弾の発射数は過去に例がない多さであるが、空港付近、主要都市での人的・物的被害はあまり大きくないようだ。

 これに対しイスラエル軍は、7日から48時間で予備役兵約30万人を動員し、最初の72時間でガザ市内の500カ所を超える標的を空爆した。爆撃での死者は500人を超え、負傷者は少なくとも2200人に上るとされる。従来、イスラエル軍は空爆する建物の住民に事前警告をして退避する時間的余裕を与えてきたが、今回は警告なしで爆撃している模様である。イスラエル軍は、7日にガザへの電力と燃料の供給を遮断、9日には水供給も停止した。さらに同日、国防相は、食料の供給停止を含むガザの全面封鎖を発表した。

  

評価

 イスラエル軍は、7日早朝にガザに隣接する境界地域に侵攻したハマース戦闘員の掃討作戦を9日夕方までにほぼ終了したとみられ、破壊・突破された境界フェンス・壁は、応急措置として戦車で塞ぐなどの措置が取られている。これによりガザは完全封鎖状態となり、電気、水、燃料、食料の供給が停止された中で、今後もイスラエル軍の空爆にさらされることになる。緊急動員された予備役兵士らが、ガザ付近に配置されるだろうが、現時点では、ガザへの地上部隊突入は予定されていないと報道されている。イスラエル側は、100人を超えると推定される人質解放交渉はまだ開始していないとしており、解放交渉には時間がかかるとの見通しだ。他方、緊急招集した約30万人の兵士を長期間、予備役勤務に留めることは社会的、経済的影響が大きいため困難である。そのため、戦闘に投入するにしても、招集を解除するにしても、早急に決断する必要がある。イスラエル軍としては、動員した兵士を投入する大規模軍事行動を短期間内に行い、予備役勤務を解除した後、時間のかかる人質解放交渉に臨む体制を作るのが理想のシナリオであるが実行するのは難しいだろう。

 ハマースの攻撃で、イスラエル側の死者は800人を超えるとの推定もある。このうち、兵士と警察官が約100人で、残りは市民である。今回のハマースの攻撃は、イスラエルの歴史の中で最も苦難の時とされる1973年の第四次中東戦争と比較されるほどの衝撃をイスラエル国民に与えた。この時のイスラエル側の死者は約4000人で、動員された予備役兵士は40万人とされる。他方、73年戦争の相手は主権国家であったが、今回はイスラエルの占領地であるガザを統治する武装・政治組織である。イスラエルにとっては、今回の戦いは戦争かもしれないが、国際社会も同じ認識を共有するかは不透明である。過去のガザ戦争では、国際社会はイスラエルに対して、ハマースによる無差別的な市民攻撃を防衛する権利を認めつつ、同時に占領地住民に対する過剰な暴力行使を非難してきた。今回、ハマースと戦争状態となったと宣言したイスラエルが、これまで以上に過剰な暴力を行使する危険性は極めて高い。

 9日夜時点では、今回のガザ戦争では、イスラエル人の死者数がパレスチナ人の死者数を上回っている。過去の戦闘では、通常、イスラエル人の死者数は、パレスチナ人の死者数と比較すると相当少ない。イスラエル国民は、今回の戦闘で100人単位の自国民が死亡したことに衝撃を受けているが、ガザではこれまでイスラエルによる攻撃で、毎回1000人単位のパレスチナ人が死亡している。現時点でのガザの死者数は500人程度であるが、今後の空爆による死者数は1000~2000人規模になるとの公算が高い。ガザ戦争は、「市民を盾にする武装組織」(ハマース)と「市民の盾をものともせず、市民もろとも武装組織を攻撃する軍隊(イスラエル軍)の戦闘である。今回も、この構図は同じだろう。

 ネタニヤフ首相は、今回の戦闘が開始された7日にテレビで短い演説をしたが、その後は国民に対しては沈黙している。国内ではすでに、今回のハマースの大規模攻撃を防げなかった政府・イスラエル軍に対する非難の声が出ており、今後、政府と軍が責任を問われる可能性は高い。また強引に進める司法制度改革の結果、国内の社会的分裂は過去にない水準に達し、予備役勤務を拒否する兵士も増加している。こうした中で、政府・国民が連帯してハマースとの戦争を遂行するために、緊急・救国政権が成立する可能性がある。すでに野党側は、戦争内閣に参加する条件を提示している。戦争内閣が成立する場合、国内の司法制度改革の動きは一時凍結となるかもしれない。

  しかし、ネタニヤフ首相が、自分の裁判での安全の確保(司法制度改革)を優先した場合、戦争遂行のための挙国一致体制を構築するのは無理だろう。

 

【参考】

「イスラエル:司法改革をめぐりネタニヤフ政権と野党・法曹界・学生が対立」『中東かわら版』2022年度No.133。

「イスラエル:深まる内政の分断――司法制度改革をめぐる対立の背景」『中東かわら版』2023年度No.75。

(協力研究員 中島 勇)

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