中東かわら版

№92 レバノン:公定レートを1ドル=15,000ポンドに切り下げる予定

 2022年9月28日、財務省とレバノン銀行(中央銀行)の関係者は『ロイター』に対し、11月1日付でドルの公定レートを現在の1ドル=1,507ポンドから15,000ポンドに切り下げると述べた。現行の公定レートは25年前に設定されたもので、レバノン経済の実態を反映していないと長く批判されていた。さらに2019年末の反政府抗議運動、2020年3月のデフォルト宣言からポンドの価値は崩壊し、最近では1ドル=38,000ポンドにまで下がり、公定レートは有名無実化していた。27日に国会で承認された2022年予算案では、ドル・レートは既に15,000ポンドに設定されていた。

 通貨切り下げによって輸入品価格は上昇する。レバノン経済は様々な基礎物資を輸入に依存しており、ポンドの崩壊によってすでに物価高騰が激しい。中央統計局が発表した8月の月間インフレ率は7.55%、年間インフレ率は161.89%だった。11月以降、さらなる物価上昇は避けられず、金融部門や輸入部門の混乱、物資不足、市民の反政府抗議デモが予想される。

 

評価

 今回の通貨切り下げは、破綻しつつあるレバノン経済の解決とは程遠い。切り下げはポンドの価値を実勢レートに近づけるための決定だが、15,000ポンドと38,000ポンドの隔たりはいまだ大きい。IMFは4月の融資合意において為替レートの統一を融資条件の一つに据えたが、公定レートと実勢レートが異なる点は変わらず、電話料金やクレジット・カード請求料金のドル・レート(1ドル≒29,000ポンド、中銀サイラファ制度)、補助金対象輸入品目のドル・レート(1ドル=8,000ポンド)などのように、異なる為替レートが平行して存在したままである。つまり、今回の通貨切り下げはIMFの融資条件に沿う内容ではないばかりか、レバノン経済がインフォーマル部門に依存する構造を存続させ、インフォーマル経済における腐敗を温存する。

 経済崩壊を止められない要因の一つが、政治過程の停滞である。5月の議会選挙から4カ月が経過したが、次期首相をナジーブ・ミーカーティーに決めた以外、組閣は進んでおらず、IMFとの融資合意の履行に必要な改革を決定できていない。10月中には、任期切れを迎えるアウン大統領の後任を国会議員投票で選出しなければならないが、候補者をまとめきれずに大統領位が空席になる恐れもある。政治が何も決められずに経済状況の悪化に歯止めを掛けられない状況は今後も続くと思われる。

 

【参考情報】

*関連情報として、下記レポートもご参照ください。

<中東かわら版>

・「レバノン:IMFと融資で事務レベル合意」No.6、2022年4月11日。

<中東研究>

・末近浩太「レバノン第20期国民議会選挙と「二大政党体制」の動揺」『中東研究』第545号、2022年度Vol.II。

・小副川琢「危機が続くレバノン――内憂外患の解決は可能か」『中東研究』第543号、2021年度Vol.III。

・末近浩太「内戦後最大の政治経済危機に直面するレバノン」『中東研究』第540号、2020年度Vol.III。

(上席研究員 金谷 美紗)

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