中東かわら版

№82 イラン:EU仲介による核合意再建に向けた交渉が停滞

 2022年9月5日、EUのボレル外務・安全保障政策担当上級代表は記者団に対し、核合意再建に向けた交渉の行方に悲観的な見方を示した。ボレル上級代表は、「28時間前に比し、交渉プロセスの収束と合意妥結の見通しに自信を失っている」「もし交渉プロセスが収束しなければ、合意自体が危機にある」と述べ、以前より楽観的ではないとの見方を示した(注:同発言の「28時間前」は「48時間前」の言い間違いである可能性がある)。

 同日、イランのキャナアーニー外務報道官は記者会見において、EUからの提案文書に対するイランの回答内容は、合意文案の透明性をより高め、より強くする内容であると発言した(9月5日付『タスニーム通信』(保守系))。また、同報道官は、合意文案を明確にしておくことは、将来における誤った解釈を予防する上で有用だと述べた。

 本件をめぐる経緯は、報道によれば以下の通りである。

 

表 EU仲介による核合意再建に向けた交渉をめぐる報道とりまとめ

日付

内容

8月4日

EU仲介による核合意再建に向けた米・イラン間接交渉がウィーンで再開した。

8月8日

EUは、米・イラン双方に「最終文書」を提示した。

8月15日

イラン国家最高安全保障評議会が開催され、バーゲリー外務事務次官がウィーン協議の進捗を報告、その後、イラン側の立場がEUに書面で通達された。

8月16日

EUは、「最終文書」に対するイラン側からの回答を受け取ったことを確認した。

8月24日

米国務省は、イラン側からの回答文書を精査した上で回答したと発表した。

9月1日

キャナアーニー外務報道官は、イランは米国側からの回答文書に対する回答文書をEUに提出したと発表した。

(出所)公開情報を元に筆者作成。

 

 8月8日にEUから示された「最終文書」、並びに、それに対する米・イランからの回答文書の内容は公表されていないが、米国務省高官は9月2日、「イラン側の回答は建設的ではなかった」と述べていることから、米国側はイラン側の示した回答に不満である様子が看取される。

 その一方で、ライーシー大統領は8月29日、完全に経済制裁の解除が達成されること、並びに、核開発の保証措置協定に関しての政治的な問題が解決することが実現しない限りは合意しないと述べ、強気の姿勢を堅持した(8月29日付大統領府HP)。

 また、8月30日、ハーメネイー最高指導者はライーシー政権閣僚らとの会合において、イランが自国の問題の解決のために他国との関係を強化すべきと主張する者もいるが、これはイランにとって有害である、他国に自国の問題解決を委ねることは誤ったアプローチだと発言した(8月30日付最高指導者HP)。

 

評価

 核合意再建に向けたEU仲介による米・イラン間接交渉は、ここにきて停滞している模様である。8月4日にウィーン協議が再開されて以降、8日にはEUが「最終文書」を交渉当事者に提示した。ボレル上級代表によれば、これに対する米・イラン双方からの反応はバランスが取れた合理的なものであった。

 しかし、転換点となったのは、9月1日付の米国側からの回答文書に対するイランによる回答の内容であった。伝わる話によれば、イランは、バイデン政権後も米国が核合意から離脱しない確固たる保証を求めた他、過去に国際原子力機関(IAEA)による査察時に見つかったイラン核関連施設における放射性物質をめぐる検証を問題化しないことを要求しているようだ。これらの争点を巡り新たな交渉が始まっている。EUが提示した「最終文書」は、実質的に「最終」とは呼べない状況に陥っており、交渉がまとまるには暫く時間を要する見込みである。

 イランが強気に出る背景には、欧米からの厳しい金融・原油取引制限を受けてもなお、イランは経済・財政的に耐え凌ぐことができるとの自信を深めていることがある。2019年5月のイラン産原油禁輸適用除外措置の撤廃を受けて、イラン産原油を購入する国は激減したものの、2021年初頭には、イランは80万~100万バレル/日までに輸出量を回復させていた。中国、近隣諸国、及び、南米・中央アジア等との貿易取引拡大を通じて、制裁にも耐えられる仕組みを構築したとの自信をイランは持ち始めた。そうであるならば、イランとしては核交渉に当たって、譲歩してでもまとめなければならないとの強い重圧下にあるわけではない。

 加えて、イランは、米国とEUが背後ではつながっていると見ている可能性がある他、IAEAが欧米やイスラエル寄りの立場を取っていると考えている可能性がある。

 一方の米国も、関係諸国との調整を試みているが、難航している模様である。バイデン大統領は英・仏・独首脳と電話会談した(8月21日)他、イスラエル首脳とも電話会談(8月31日)するなど利害調整を図ったが、特にイスラエルは合意を阻止すべく関係諸国に外交的・軍事的圧力を強めている。イスラエルはシリアにおけるイラン権益への攻撃も続けており、今後も妨害を強める危険性が排除されない。

 米国内に目を転じても、バイデン政権が核合意に復帰することを懸念する旨を伝える書簡を、超党派の議員50名がバイデン大統領宛てに提出するなど、復帰を阻む動きが見られる。バイデン大統領には、これらの「妨害」勢力を如何に懐柔し、大胆な決断を下せるかが大きな課題となる。

 今後の政治日程を見渡せば、IAEA理事会(9月中旬)、国連総会一般討論(9月下旬)、米国中間選挙(11月上旬)が予定されている。これらの機会において、イラン核合意再建は焦点の一つとなるだろう。イラン外相とカタルやオマーン外相との電話会談も頻繁に見られており、地域諸国による水面下での第3者仲介も試みられている模様である。イラン側の算段がどのようなものであれ、交渉の長期化・破綻は地域情勢の不安定化を招く恐れがあることから、不測の事態も想定に入れつつあらゆる対策を事前に講じることが重要である。

 

【参考情報】

*関連情報として、下記レポートもご参照ください。

<中東かわら版>

・「イラン:EU仲介による、核交渉再開に向けた動き」2022年度No.61(2022年8月2日)

・「イラン:核合意再建に向けたウィーン協議が再開」2022年度No.66(2022年8月5日)

・「イラン:EUが核合意再建に向けて「最終文書」を提示」2022年度No.69(2022年8月9日)

・「イラン:ロシアへのドローン供与疑惑と核交渉への影響」2022年度No.78(2022年9月1日)

(研究員 青木 健太)

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