中東かわら版

№26 イラク:イスラエルとのあらゆる関係構築を禁じる法案が可決

 2022年5月26日、イスラエルとのあらゆる関係構築を禁じる「シオニスト体制との関係正常化・関係構築の犯罪化」法案が、275/329議席の賛成をもって議会で可決された。国家間の外交関係構築はもちろん、市民・企業によるイスラエル訪問やあらゆる接触が禁じられ、違反者には死刑、あるいは無期懲役が科される。

 同法案は25日、昨年秋の総選挙で最大議席(74/329)を確保したムクタダー・サドル師率いるサーイルーン連合が提出したもの。サドル師はかねてよりイスラエルとの関係正常化及びこれを奨励するあらゆる動きを公式に非合法化すべきと訴えてきた。同法案の提出と可決を、サドル師及び連合幹部らは、イラク国民にとってだけでなく、「パレスチナやレバノンのヒズブッラーにとって」の勝利と称賛し、バグダードのタフリール広場には支持者が集まった。

 

評価

 新政府形成に向けて主導権を握るとされるサドル派から出された法案とあって、今次決定は昨年の総選挙以来言われてきた同勢力の反米路線が反映されたものとして注目を浴びている。

 しかし、今次決定には反米という大きな方向性よりも、この2~3カ月の内政、ないし地域的な文脈が色濃く現れている。一つは、北部クルディスタン人自治区の都市イルビルへの、イランによる弾道ミサイル発射が続いたこと。イラン側は、同市のエネルギー企業KAR Groupがイスラエルと秘密裏に石油・ガス取引を行っていたため、イスラエルの戦略的拠点として攻撃したと主張した。加えて、トルコがイラク北部での軍事作戦の継続を発表したこと。トルコは現在、イスラエルとの関係強化を進める傾向にあり、上記の石油・ガス取引で仲介役を担っていたとも報じられる。このような諸外国の浸透を許す動きは、主権侵害は言うまでもなく、地域に様々な波紋を起こすことから(例えば22日のテヘランでのイラン革命防衛隊幹部殺害は、イスラエル当局によるものと一部で伝えられた)、バグダードの中央政府として好ましくないのは当然である。

 こうした事情から、今次決定にはイラク政治の反米・反イスラエルというイデオロギー面と同時に、あるいはそれ以上に、イスラエルとの非公式な関係を持ち、それによって越境攻撃等、周辺国の干渉を招きうるクルド人勢力をけん制するための治安面での必要性が見てとれる。

 

【参考】

「イラン:革命防衛隊ゴドス部隊大佐の射殺事件がテヘランで発生」『中東かわら版』No.24

「トルコ・イラク:トルコによるイラク北部での新たな軍事作戦とその反応」『中東かわら版』No.12

(研究員 高尾 賢一郎)

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