中東かわら版

№55 レバノン:ベイルートで大規模爆発

 2020年8月4日午後6時頃(現地時間)、ベイルートの港で倉庫が爆発した。爆発はキノコ雲と数キロ先まで到達するほどの爆風を伴う大規模なもので、5日朝の保健省発表によると78人が死亡、4000人以上が負傷した。爆発場所の周囲では広範囲にわたって建物が破壊された。レバノン治安当局は、爆発現場にあった倉庫に2014年から硝酸アンモニウム2750トンが保管されており、これが爆発した可能性が高いとの見方を示した。ディヤーブ首相は爆発原因を調査する委員会の設置と48時間以内の原因報告を命じ、爆発の原因を作った人物の責任を追及すると述べた。

 爆発に関して多くの報道は、8月7日にレバノン特別法廷(STL、於ハーグ)がハリーリー元首相暗殺(2005年)に関与したとされるヒズブッラー構成員の被告4名に判決を言い渡す予定である件を引き合いに出し、ヒズブッラーが爆発に関与した可能性をほのめかした。米国のトランプ大統領も、米軍幹部がベイルート港の爆発は「何らかの爆弾」によって引き起こされた可能性があると指摘したと述べた。

 他方、ヒズブッラーは事件数時間後に出した声明において、「国民的悲劇に深い哀悼の意を表明する」、「悲痛な災難、前例のない被害には全レバノン人の一致団結を必要とする」と述べると同時に、市民救出作業に従事した医療関係者を称賛し、爆発への関与を否定した。ヒズブッラーを支援するイランも犠牲者への弔辞を表明した(ザリーフ外相)。ヒズブッラーを安全保障上の敵とするイスラエルも人道支援を申し出た。

 

評価

 イラン、ヒズブッラーが被害者に哀悼の意を表明したことで、ヒズブッラー犯行説は消えたと言えるだろう。しかし、ヒズブッラーが置かれている政治的環境を考慮すれば、爆発が同組織の犯行である可能性はそもそも低いと判断できる。ヒズブッラーはレバノンの現政権に連立与党として参加しており、爆発を起こすことは与党としての立場を揺るがす行為である。また、パレスチナ抵抗運動を自称するヒズブッラーは敵をイスラエルと認識しており、対イスラエル攻勢の継続過程でレバノン人の民心を獲得してきた背景がある。こうした背景からも、同組織がレバノンの一般市民を巻き込むような爆発事件を計画するとは考えにくい。政治勢力間の対立関係が複雑な中東地域においては陰謀説が語られることが多いが、事実関係が不透明な事件については拙速な分析を控え、各主体の利害関係を分析することが重要である。

(上席研究員 金谷 美紗)

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