中東かわら版

№37 イラク:クルド地区の新大統領選出

 2019年5月28日、クルド地区の議会(定数111)は、クルディスタン民主党(KDP)のネチルバーン・バラザーニーを新大統領に選出した。同大統領は、前任のマスウード・バラザーニーの甥である。大統領の選出に際しては、2018年の議会選挙(『中東かわら版』 2018年 No.73)で第二党となったクルディスタン愛国連合(PUK)などが投票をボイコットし、バラザーニー新大統領は出席した議員81人中68票を獲得して大統領に当選した。

 

評価

 近年クルド地区では諸党派の対立により政治が混乱している。その上、2017年9月の同地区の独立を問う住民投票が国際的な支持を得られなかったことや、自治政府が多数の「幽霊公務員・幽霊兵士」を抱えている問題など、地区の内外での政治・社会運営のまずさが目立つ。今般の新大統領の選出は、2018年の議会選挙に続き、こうした政治的な不始末や停滞を正常化させる行程の一歩となるはずであった。しかし、PUKの投票ボイコットによりその行く末は楽観できない。

 PUKが大統領選出の投票をボイコットした理由は、クルド地区政府で役職の配分などについてのKDPとの調整が不調に終わったことにある。今後、クルド地区政府の首相や閣僚の選出にあたり、今般と同様の交渉やボイコットが繰り返されるようならば、政治の混乱や停滞から脱却することは難しいだろう。その一方で、現在のクルド地区の議会はKDPが優位な状況にあり、2018年の選挙での獲得議席は第一党であるKDPの45議席に対し、第二党のPUKは21議席、第三党の変革運動は12議席にとどまっている。KDPは、ネチルバーン・バラザーニー新大統領選出で空席となる首相の座に、マスウード・バラザーニー前大統領の子息であるマスルール・バラザーニーを擁立している。現状ではKDP、或いはバラザーニー一族がクルド地区政府の要職を占める状態が覆る可能性は低いように思われるが、PUKをはじめとする反対勢力がボイコットで応じるようになれば、クルド地区政府全体の信頼性・正当性が損なわれ続けるだろう。

 穏当な収拾策は、KDPとPUKとの間で役職や権益の配分についての協議がまとまることであろう。しかし、その場合でも選挙で競合した政党が選挙後の談合で政治的権益の配分を決定する結果となり、有権者の政治不信を高める危険性が残る。

(主席研究員 髙岡 豊)

◎本「かわら版」の許可なき複製、転送はご遠慮ください。引用の際は出典を明示して下さい。
◎各種情報、お問い合わせは中東調査会 HP をご覧下さい。URL:https://www.meij.or.jp/

| |


PAGE
TOP