中東かわら版

№59 シリア:イドリブ県についてのロシア・トルコ間合意

 2018年9月17日、ロシアのプーチン大統領とトルコのエルドアン大統領は、シリアのイドリブ県での戦闘回避のため、以下の諸点を骨子とする合意に達した。

  1.  政府軍制圧地域と「反体制派」戦闘員の占拠する地域との間に15km~20㎞の「非武装地帯」を設置する。これは、10月15日までに行う。
  2. 10月10日までに「非武装地帯」から重火器を撤去する。
  3. ロシアとトルコは、「非武装地帯」で連携したパトロールを行う。
  4. アレッポ・ハマ間、アレッポ・ラタキア間の幹線道路を年内に再開する。 

 この合意に対し、シリア、イラン、「反体制派」の一部が歓迎の意を表明した。一方、「ヌスラ戦線」(シリアにおけるアル=カーイダ。現在は「シャーム解放機構」を名乗る。)は、傘下の広報サイトを通じ、今般の合意をボスニア紛争の際のスレブレニツァ事件(1995年7月。国連が設定した「安全地帯」でセルビア人勢力がボスニア勢力の男性多数を組織的に殺害した事件。)になぞらえて論評したり、武器の引き渡しはイスラーム法上禁じられていると主張したりした。

 

評価

 今般の合意に対しては、「政府軍の攻撃による大虐殺」を当面回避した、或いはシリア紛争の政治解決につながるとの楽観的な評価もあるようだが、実際にそのような結果をもたらすのかは楽観できない。そもそも、イドリブ県を占拠する武装勢力の主力は「ヌスラ戦線」、「シャーム自由人運動」、「トルキスタン・イスラーム党」のような外国人戦闘員を含むイスラーム過激派であり、これらの諸派が合意の当事者となったり、合意を実施したりすることはほとんど期待できないからである。

 合意の趣旨に鑑みると、イスラーム過激派諸派の退去や重火器の撤去はトルコが主導して行うと思われる。しかし、トルコはイドリブ県内に停戦監視を理由に拠点を設置した際は「シャーム解放機構」の付き添いを受け、アレッポ県北部のアフリーンに侵攻・占領した際は、イスラーム過激派諸派を含む「反体制派」を名目的に前面に立てた。すなわち、トルコ自身が、シリア紛争を解決する過程で不可欠な「イスラーム過激派の掃討」の対象となる諸派と親密な関係にある。「トルキスタン・イスラーム党」は「非武装地帯」に設定される予定の地域の近辺に家族も含めると数千人規模で分布しており、これをどのように処遇するのかトルコの手腕が問われる。

 また、イスラーム過激派と「反体制派」武装勢力を区別し、前者と絶縁しこれを掃討するという課題は、2015年にシリア紛争への軍事介入を本格化させて以来、ロシアが強く主張しているものである(例えば『中東かわら版 2015年No.109』)。当初、ロシアにとってアメリカがこの問題の交渉相手だったが、アメリカはイスラーム過激派と「反体制派」の区別にも、「反体制派」諸派を連携相手として育成することにも失敗し、結局はクルド勢力への支援に傾斜し、「ヌスラ戦線」をはじめとする「反体制派」に浸透したイスラーム過激派への対策については当事者能力を喪失した。今般の合意ではトルコがこの課題の解決に相当程度責任を負うことになるが、これまでの経緯を見ると望ましい成果を上げることは難しいだろう。ロシアとトルコとの合意に際しては、攻撃回避やシリアでのトルコの役割についてロシアが譲歩したかのように見えるかもしれないが、最終的にはトルコがイスラーム過激派の制御や掃討に失敗し、約束した期限内に成果を上げられずにイドリブ県の処遇についての発言権を殺がれる結果になる可能性も視野に入れるべきだろう。

(主席研究員 髙岡 豊)

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