中東かわら版

№120 「イスラーム国の生態」:広報体制は崩壊間近か?

 11月13日付の「シャルク・アウサト」紙(サウジ資本)は、「イスラーム国」が実際の戦場で敗北したことが、同派の広報活動を縮小させたとし、以下の通り報じた。

 

・シリアとイラクにおける有志連合の空爆によって、「イスラーム国」のカメラマンや映像等の制作者が死亡したため、現在、同派の広報体制は崩壊に近づいている。観測筋によれば、戦場での敗北によって同派は戦力を失い、これが兵士の勧誘の規模や広報能力の縮小に反映されている。

・エジプトの「ダール・イフター監視団」(社会や政治の問題に対し宗教的見解を発表する機関)によれば、「イスラーム国」の広報部が2017年9月に発信したプロパガンダは、2015年8月の3分の1の量である。同派のプロパガンダには、世界の若者を引き付けたカリフ制の樹立、アンダルスへの凱旋、ローマの占領といった虚構はもはや含まれていない。

・「イスラーム国」は2014年に登場した後、ハヤート・センター、シュムーフ・イスラーム・ネットワーク、タウヒードとジハードのミンバル、雑誌ダービク、バヤーン・ラジオなど、多数の広報媒体やウェブサイトを所有していた。また、ツイッターやワッツアップ、インスタグラムといったSNSに多数のアカウントを持っていた。

・上記監視団によれば、ヴァーチャル空間における「イスラーム国」のプロパガンダ機能の崩壊は、すべての戦場で同派が敗北したことと、シリアとイラクにおける占拠地域の喪失にもとめられる。この敗北によって、各広報拠点がプロパガンダ作品の編集や製作を行う能力を失った。

・「イスラーム国」によるヴァーチャルなカリフ制が崩壊した要因の一つに、広報活動に従事する作業員の人数の減少がある。有志連合の空爆によって、報道官ムハンマド・アドナーニーや広報相アブー・ムハンマド・フルカーンなど多数のプロパガンダ責任者、カメラマン、編集者、製作者が死亡した。

・エジプトの10月6日大学の専門家によれば、「イスラーム国」は過去2年にわたり、最新のテクノロジーを使って、各国のウェブサイトをハッキングする要員を訓練するためにあらゆる物的支援を行ってきた。これは「イスラーム国」がウェブでの活動で外国人に頼っていたことを示す。

・「イスラーム国」は、広報戦略のアイデアを「狂暴化の手引き」という本から得ている。この本はイスラームの名の下でテロ活動を行う過激派諸派の間でバイブルとされており、アル=カーイダのウサーマ・ビン・ラーディンがやり取りしたメッセージや文書の一つとして、2008年に発見された。

・エジプトのダール・イフター監視団によれば、テロ組織にとってインターネット空間はかつてのような安全な場所ではない。「イスラーム国」は、もはやSNSや掲示板サイト、ファイルアップロードサイトも使うことができない。そのため同派は暗号化サービスのあるコミュニケーション・フォームを使用している。インターネット大手企業やSNSの運営者が「イスラーム国」を支援するアカウントを凍結するなどの制限をかけたことで、同派の広報体系は崩壊し始めた。

・ツィッターは2017年2月、暴力的なコンテンツに対する措置として、「イスラーム国」をフォローしている12万5000以上のアカウントを凍結したと発表している。この背景には、各国の政府がSNSを通じたテロリストのプロパガンダを制限するよう圧力をかけたことがある。エジプトのダール・イフター監視団の調査によれば、SNS上で「イスラーム国」の支援者の活動停止を急遽実施したとしても、組織の中枢や指導部は影響を受けないと警告した

 

評価

 「イスラーム国」の広報活動は、公式作品の質・量の点から、2015年末がピークといえる。この後、公式の作品の発行数が徐々に低下していき、2016年には「アアマーク通信」という媒体が注目されるようになる。この媒体は、「イスラーム国」の日々の戦果や、戦場の様子等を報道することを主な役割としている。だが、公式声明に先行してこの媒体の名前で犯行声明の短信版のような報道が出回ったり、「イスラーム国」の兵士が実行したという文言が報道に含まれていたりしたために、しばしば公式の声明として誤用されることもあった。

 ところが、最近では「アアマーク通信」の報道量も少なく、一部では支援者が作成する画像などの2次作品が、「イスラーム国」の発信物として取り上げられ、「イスラーム国」の脅威が謳われているようである。しかし、今般の記事に書かれているように、戦場における戦果と、これを広報活動に利用するための写真や映像の撮影、そして声明を作成する主体の死亡が、「イスラーム国」の広報活動の衰退に決定的な影響を及ぼしているのであれば、たとえインターネット上で拡散者、支持者、あるいは観察者の間でどれだけ同派の脅威が謳われたり、拡散しようと、それはウェブ上の言説に過ぎず、これらを以て「カリフ国2.0」が現実として成立すると予想することは難しいだろう。

(イスラーム過激派モニター班)

◎本「かわら版」の許可なき複製、転送はご遠慮ください。引用の際は出典を明示して下さい。
◎各種情報、お問い合わせは中東調査会 HP をご覧下さい。URL:https://www.meij.or.jp/

| |


PAGE
TOP