№118 シリア:政府軍がアブー・カマールを制圧へ
シリア政府軍によるダイル・ザウル県の重要拠点制圧が進んだ。今後も順調に制圧が続くようならば、「イスラーム国」排除後のシリア紛争の形勢にも大きな影響を及ぼすだろう。情勢の概況は以下の通り。
図:2017年11月9日時点のシリアの軍事情勢(筆者作成)
オレンジ:クルド勢力
青:「反体制派」(実質的には「シャーム解放機構」と改称した「ヌスラ戦線」や、「シャーム自由人運動」などのイスラーム過激派)
黒:「イスラーム国」
緑:シリア政府
赤:トルコ軍(「反体制派」からなる「ユーフラテスの盾」なる連合が前面に立っているが、実質的にはトルコ軍)
赤点線内:「反体制派」(主にアメリカ軍からなる各国の特殊部隊の保護を受けており、実質的にはアメリカ軍)
1. 政府軍がアレッポ-イスリーヤ-サラミーヤ間の幹線道路からイドリブ県方面へ西進し、「ヌスラ戦線」(現「シャーム解放機構」)と交戦中。
2. 政府軍がダイル・ザウル市の旧市街を制圧。マヤーディーンからアブー・カマール方面へ進撃。
3. 政府軍がアブー・カマール市周辺を制圧。イラクとの国境で、イラク軍・人民動員の部隊と対面した。
4. 政府軍が、シリアとイラクとを結ぶ石油パイプラインの管理施設であるT2とその周辺の拠点を制圧し、アブー・カマール方面へ進撃。
評価
政府軍がT2方面からアブー・カマール市へと進撃し、一部報道機関は政府軍が既に同市を解放したと報じた。「イスラーム国」の敗勢は以前から決定的であり、アブー・カマールの解放そのものは予想通りの展開である。短期的には政府軍がアブー・カマールとダイル・ザウルを結ぶユーフラテス川沿いの幹線道を迅速に制圧できるかが焦点となろう。これが実現すれば、シリアとイラク間の国境通過地点とそれに至る幹線道路を政府軍が確保したことになる。イラク側でもアブー・カマールに隣接するカーイム市をイラク政府軍が制圧しており、両国の政府の制圧地域が陸路で結ばれる。その結果、シリアとイラクとを結ぶもう一つの国境通過地点であるタンフをアメリカ軍が占領している戦略的・外交的意義はほぼ失われた。アメリカなどは、イラン-イラク-シリア-レバノン(=ヒズブッラー)が連結することを脅威と認識しており、タンフの占領にはシリアとイラクとの間の陸路の往来を妨害する意図もあったと思われる。今後は、アメリカが戦略的意義や価値をほぼ喪失したタンフ占領をいつまで、どのような口実で続けるのかが争点の一つとなろう。
また、シリア東部で「イスラーム国」がほぼ駆逐されたことにより、イスラーム過激派を主力とする「反体制派」と「イスラーム国」とが政府軍の制圧地域を挟撃する形勢が解消したことも重要であろう。「反体制派」と「イスラーム国」は、戦術的に共闘し、各々政府軍を攻撃して占拠地域を拡大してきた。これが解消したことにより、政府軍はダイル・ザウル県の制圧作戦を終えた後、戦力を「反体制派」の占拠地域へ向けることになろう。「反体制派」やその支援国が、ロシアが開催を試みているシリア国民会議や「緊張緩和地域」の設定に関するアスタナ会合に対してどのような態度をとるかによっては、イドリブ県、ダラア県でもイスラーム過激派の掃討が本格化し、「緊張緩和地域」が有名無実化する可能性もあろう。
(主席研究員 髙岡 豊)
◎本「かわら版」の許可なき複製、転送はご遠慮ください。引用の際は出典を明示して下さい。
◎各種情報、お問い合わせは中東調査会 HP をご覧下さい。URL:https://www.meij.or.jp/