中東かわら版

№70 「イスラーム国」の生態:「カリフ国 2.0」はあるのか?

 イラク政府による勝利宣言や、シリアでの占拠地域の喪失を受け、「イスラーム国」を制圧する見通しに楽観的材料が増えつつある。これに対し、インターネットの世界での「イスラーム国」の活動に鑑み、「イスラーム国」対策が長期化するとの見通しもある。12日付『ナハール』(レバノン紙。キリスト教徒資本)は、「“ダーイシュ”は第二段階に移行カリフ国2.0のためのダークサイド」と題し、複数の専門家の話を基に要旨以下の通り報じた。

l  「イスラーム国」は今後数カ月、或いは数年で敗北するのではなく、インターネットの世界を悪用するためにより資源を費やす第二段階に移行する危険性がある。同派がサイバー・スペースのダークサイドに逃避するのは不可避である。「イスラーム国」はイラクやシリアの現場での「自称カリフ国」と並び、「ヴァーチャル・カリフ国」の建設を進めており、後者の方が持続性が高い。

l  「イスラーム国」を示す「ISIS」との略称は、今やゼネラルモーターズ(GM)よりも著名な「商標」になっている。「イスラーム国」がテロリズムを売り込む「商標」と化していることも考えるべきだ。

l  「イスラーム国」が「ヴァーチャル・カリフ国」を準備していることに警戒すべきで、彼らは現在3万のネットサイトを持ってる。「イスラーム国」による宣伝を予防する分野に資源を費やすべきだ。

l  過去数カ月間でイギリスにて3件のテロ攻撃が発生したことは、「イスラーム国」がSNSを悪用して持続していることに焦点を当てた。

l  「イスラーム国」は、「United Cyber Caliphate (UCC)」と称するネット部門を持っており、20174月にはこれを通じてアメリカ、イギリスを中心に8786人の「攻撃対象名簿」を発信し「一匹狼型」の攻撃を起こすよう扇動している。

 

評価

 最近、「イスラーム国」の幹部の演説やプロパガンダの中にも、同派の存否・成否は領域有無や個々の幹部の生死ではなく、(ネット上での残存・拡散を期待した)メッセージであるという主張がたびたび見られるようになってる。「イスラーム国」や同派が主張する世界観やメッセージとして存続する限り、「イスラーム国」対策は成功せず、「イスラーム国」も敗北しないという主張である。メッセージが残存する限り、共鳴犯や模倣犯が現れうる、という意味において、今後も「イスラーム国」やテロリズムへの対策は怠ってはならないだろう。しかし、このような思考・行動様式は、既に2010年ごろの「アル=カーイダ」にみられるものであり、「イスラーム国」独自の展開・発展ではない。むしろ、このような思考・行動様式は現場で起こるべき戦果や業績がないことの裏返しであり、組織としてもメッセージとしても、現場での戦果と連動しないものがいつまでも(ファンも敵対者も含め)視聴者の注目を浴び続けることは難しい。

「イスラーム国」の広報そのものは、20152月ごろをピークに訴求力が低下し、20164月にはその機能に深刻な打撃を受けている。それ以後は量質ともに低下し続けており、見るべきところが乏しくなっている。これを補う形で注目されるようになったのが、「イスラーム国」の自称通信社の「アアマーク」であるが、「アアマーク」が発信するのはあくまで個別の戦果・事件についての短信であり、そこには政治的メッセージや要求事項などは全く含まれていない。また、「アアマーク」は単に既存の報道を後追いしてムスリムが犯人と思われる通り魔事件・粗暴犯を「イスラーム国」の戦果として取り込む機能をも担っており、実行犯の出撃前の演説動画のように、事件と「イスラーム国」との関係を裏付けることなく短信を発表したことも多い。

共鳴者・模倣者による犯罪行為を自派の呼びかけの成果に帰したり、自らの戦果として取り込んだりする手法も、実は2009年ごろから「アラビア半島のアル=カーイダ」が採用しているものといえる。このような手法に頼るのは自前で攻撃を企画・実行できないことを示しており、影響力を過大評価すべきでない。現実の世界で敗退し、インターネットの世界に逃避する局面は、現在の「イスラーム国」に限らず、過去の「アル=カーイダ」にもみられる行動である。インターネットの世界には、「イスラーム国」やその現場での活動と直接関係がない者たちによる二次創作、三次創作があふれており、これを「イスラーム国」そのもののプロパガンダと混同することも、彼らの影響力や勢力を過大視することにつながるため、注意が必要である。

問題は、インターネットの世界に逃避した「カリフ国 2.0」が再び現実の世界に現れうるか、という点であろう。「イスラーム国」が現実の世界で行ったことは、異教徒・敵対者への殺戮、人種・出身地に基づく構成員の間での著しい差別、占拠した地域の住民の虐待であり、そのような世界で生活したい、と感じる者はほとんどいないだろう。同派が現実の世界に戻ってくるには、そうした運用を劇的に改善することが不可欠であろう。「イスラーム国」が、イラクにおいていったんは消滅しかかった状態から復活したのは、部族などのイラク社会への態度を改めたことが要因一つである。どのような形であれ、「イスラーム国」の存続や復活を阻むためには、現時点での同派の「失敗の要因」を分析し、対策に反映させることが肝要である。

(イスラーム過激派モニター班)

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