中東かわら版

№184 シリア:各地の戦闘状況

 2017年36日(日本時間)の段階で、シリア政府軍はアレッポ県北東方面へと進撃を進めている。また、トルコ軍とその傘下の武装勢力諸派は当面の焦点だったバーブ市を占拠した。一方、政府軍は201612月に「イスラーム国」が再度占拠したパルミラ市を奪回した。現時点での概況は以下の通り。

図:201736日時点のシリアの軍事情勢(筆者作成)

オレンジ:クルド勢力

青:「反体制派」(実質的には「シャーム解放機構」と改称した「ヌスラ戦線」や、「シャーム自由人運動」などのイスラーム過激派)

黒:「イスラーム国」

緑:シリア政府

赤:トルコ軍(「反体制派」からなる「ユーフラテスの盾」との連合が前面に立っているが、実質的にはトルコ軍)

 

1.政府軍はアレッポを制圧した後、アレッポ県東部・北部で「イスラーム国」の占拠地域の奪回を進めた。トルコ軍はバーブを占拠したが、占拠に際し同地やその周辺から住民多数が避難した。バーブ占拠後、トルコ軍はクルド勢力が占拠するマンビジュの攻略に乗り出そうとしたが、クルド勢力側は「ロシアとの合意に基づく」と称し、トルコ軍との境界にあたる拠点を政府軍に引き渡すとの方針を発表した。

2.アメリカの支援を受ける「民主シリア軍」(クルド勢力が主力)がラッカ方面へと進撃した。

3.1月半ばに「イスラーム国」がダイル・ザウル市に大攻勢をかけ、政府軍の拠点はダイル・ザウル空港と郊外の軍事基地とに二分された。政府軍による分離状態解消のための攻勢はさしたる成果を上げていない。

 4.「反体制派」の武装勢力諸派が「ヌスラ戦線(現「シャーム解放機構」)」と「シャーム自由人運動」の 二派をそれぞれ主軸とする連合に収斂されつつある。この両派に親「イスラーム国」勢力も関与して武装勢力同士の抗争が勃発している。

 5.政府軍が201612月半ばに「イスラーム国」に占拠されたパルミラ市を奪回した。現時点では、政府軍がダイル・ザウルとの陸路の連絡の回復(=東進)を優先するか、ホムスとパルミラとの間の幹線道路の安全確保やパルミラ北西の油田・ガス田地帯の確保を優先するのかは不明。

6.2月半ばに「反体制派」が連携してダラア市に攻勢をかけたが、戦果が上がることなく戦線は膠着した。同時期、ゴラン高原付近を占拠していた親「イスラーム国」の武装勢力が「反体制派」を攻撃し、占拠地を拡大した。

7.政府軍が、フィージャ水源地をはじめとするバラダ渓谷一帯を制圧した。バラダ川上流部でも「反体制派」の退去が進んだ。ダマスカス東郊の「東グータ」でも幹線道路沿いなどで政府軍が「反体制派」を攻撃している。

 

評価

 政府軍は、ダマスカス、アレッポの両市周辺の安定確保を優先している模様である。いずれにおいても水源地や送水施設の破壊により水道事情が悪化している。政府軍がアレッポ県北東部をユーフラテス川に向けて東進しているのは、ユーフラテス・ダムからアレッポ市へと送水する施設を「イスラーム国」から奪回することを意図している可能性が高い。また、アレッポ県北部での政府軍の東進には、バーブ市を占拠したトルコ軍とその傘下の武装勢力諸派の南進を防止する意味合いもある。トルコ政府は当初マンビジュ市をクルド勢力から奪取しようとしたが、トルコ軍とクルド勢力との間にシリア政府軍が展開するとの「合意」が取り沙汰されるようになった。「合意」の成立にはロシアが関与していると思われるため、トルコがシリア紛争や「イスラーム国」対策でロシアとの連携を重視するならば、これ以上の南進は難しいと思われる。アレッポ県北東部での情勢の進展により、政府軍の制圧地域とクルド勢力の占拠地域とが陸路で結ばれることとなった。クルド勢力に対しては、クルドの民族主義運動の高揚を嫌うトルコが経済面も含め様々な圧力をかけているとみられるが、政府軍とクルド勢力との陸路での連結や、トルコとクルド勢力との境界地域への政府軍の展開がそうした圧力を回避する手段として機能すれば、アレッポ県北東部やラッカ県方面で政府の影響力が拡大することにつながろう。

 アメリカの支援を受ける「民主シリア軍」がラッカへと進撃しており、これを支援してラッカ市を奪取するため、アメリカ軍が派遣されるとの観測が出ている。もっとも、クルド勢力を主力とする「民主シリア軍」がラッカへと進出することに対しては、トルコだけでなく地元のアラブ住民が反発することが予想される。

 イドリブ県を中心とする地域での「反体制派」武装勢力同士の抗争では、「ヌスラ戦線」が他派を圧倒して勝利するとの見通しも浮上しつつある。2月末にはアメリカ軍によると思われる爆撃によりアル=カーイダの古参活動家のアブー・ハイル・ミスリーが死亡したとの情報が流れ、世界各地のアル=カーイダが弔辞を発表した。同人がどの団体と行動を共にしていたかは不明だが、この事実はイドリブ県などでアル=カーイダが活発に活動していることを示している。武装勢力同士の抗争は、これらの諸派が「反体制派」としては全く機能していないことを意味するが、抗争により武装勢力諸派の弱体化が進んだり、地域の大半をアル=カーイダ関連団体が占拠したりするようであれば、アレッポ・ダマスカス間やアレッポ・ラタキア間の交通路を回復するために政府軍が攻勢をかける局面も予想される。

(主席研究員 髙岡 豊)

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