中東かわら版

№157 イスラエル:ネタニヤフ首相に対する汚職疑惑

 1月に入りネタニヤフ首相は、警察から2度の事情聴取を受けた。1回目は2日に3時間、2回目は5日に5時間の事情聴取を首相官邸内で受けている。近く3回目の事情聴取があると報道されている。警察の汚職専門チームが捜査を担当しているが、警察は首相に対する容疑について公表していない。報道では、友人のビジネスマンたちからの贈り物の見返りに何らかの便宜を図った容疑のようである。贈られたものについては高価な葉巻やシャンペンなどが取り沙汰されている。ネタニヤフ首相は、自分のツイッターで、「問題になることは何もなく、従って捜査からは何も出てこない」と書いている。

 こうした中、イスラエルのチャンネル2テレビは、9日、警察はネタニヤフ首相と主要紙『イディオト・アハロノト』紙のオーナーであるアルノン・モゼスの間で、2014年に行なわれた数回の会談の音声記録を入手していると報道した。同記録は、ネタニヤフ首相の側近が首相の指示で録音していたもので、警察が同側近の家宅捜査の際に入手した。『イディオト・アハロノト』紙(1939年創刊)は、イスラエル最大の新聞であるが、2007年に発刊されたフリーペーパー『イスラエル・ハヨム(今日のイスラエル)』に押されて経営が厳しくなっていた。ネタニヤフ首相は、自分に批判的な『イディオト・アハロノト』紙が自分に好意的な報道をすることの見返りに、『イスラエル・ハヨム』紙の発行部数制限や新聞の有料化などを提案したが両者の協議は合意にいたらなかったと報道されている。『イスラエル・ハヨム』紙は、ネタニヤフ首相の支援者である米国のカジノ王シェルドン・アデルソンが所有する新聞で、ネタニヤフ首相を擁護する報道をすることで知られている。大量の発行部数を有する無料紙が、特定の政治家を支援する報道をしていることに対して政治家からの反発もあり、同新聞の発刊を規制する動きもあったが実現していない。同紙の財政状態については公表されていないが、1月9日の『ハアレツ』紙は、2007年から現在までアデルソンが会社運営に要した総経費は1億9000万ドルになると報道している。アデルソンは、ネタニヤフがイスラエルで政治家になる前、米国に住んでいた頃からの支援者で、米国共和党の有力献金者でもある。2012年の大統領選挙ではロムニー候補に約1億ドル、今回の大統領選挙でもトランプ候補に3500万ドルの献金をしたと報道されている。

評価

 警察は、ネタニヤフ首相の事情聴取を2回、計8時間行なった。容疑の中身ははっきりしないが、警察はかなり本腰を入れて捜査を開始した。ネタニヤフ首相及び同夫人をめぐっては、これまで何度も公金の不適切流用疑惑などが取り沙汰されてきた。2016年11月には、ドイツからの潜水艦3隻の追加購入をめぐり、ネタニヤフ首相の親戚の顧問弁護士が関与していたとして、検事総長が潜水艦発注の経緯についての捜査を開始すると述べていた。今回の疑惑についてネタニヤフ首相側は、友人から贈り物を受けるのは普通だし、友人に便宜をはかることも通常的に行なわれることであり違法ではないと主張しているようだ。ただ今回、自分に敵対的なメディアの経営者と報道の内容に関する取引をしようとした疑惑が浮上したことは、イスラエルの報道界に対する信頼を損なうだけでなく、ネタニヤフ首相の政治家としての資質も疑問視されるかもしれない。両者の密談は、犯罪として起訴できるとの考え方もあるようだ。今のところネタニヤフ首相の所属政党であるリクード内でネタニヤフ党首を糾弾する動きはない。野党の反応も鈍い。ただ与党の一部が、リクードをはずした次の連立政権模索に動いているとの憶測報道はすでに出ている。

 最近行なわれた支持政党に関する世論調査では、ネタニヤフ党首が率いるリクードに対する支持率が低下し、現在国会(120議席)で保持している30議席が22議席に減少し、中道政党の「イェーシュ・アティド」に第一党の座を奪われている。リクードに対する有権者の支持低下は、首相が警察の事情聴取を受けたことが影響していると分析されている。昨年秋からネタニヤフ首相の汚職疑惑が連続的に報道されるようになっている。起訴に至らない場合でも、ネタニヤフ首相にとって政治的に大きな損失になっていることは確かだろう。ネタニヤフ党首は、リクード内で育ってきた次世代の有力政治家たちを、自分のライバルとして敵視し、党から追い出してきた。そのためネタニヤフ党首が起訴された場合、後継の党首候補となる有力な政治家は以外と少なく、実力がありかつ国民に人気のある元リクード幹部の政治家たちは党外にいる。これらの元幹部たちは、リクードへの復党あるいは新党創設の機会を待っている。ネタニヤフ首相が起訴された場合、あるいは起訴されないとしてもリクード内でネタニヤフ党首への批判・不満が強まったり、次回選挙でリクードが勝てないような状況になったりした場合、リクード党内での権力抗争が一気に加速するかもしれない。

 

(中島主席研究員 中島 勇)

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