中東かわら版

№115 イラク:各地の戦闘状況

 イラク政府がモスル奪還作戦の開始を宣言して以来、モスルだけでなくイラク各地で戦闘が激化している。各地の状況は以下の通り。

  1. モスル:イラク軍、ペシュメルガがアメリカなどの航空支援を受けつつ北と東からモスル市街へ進撃。「イスラーム国」側の情報に基づく戦果は下記を参照。
  2. キルクーク:10月21日から「イスラーム国」が発電所、刑務所などの施設を襲撃。24日にキルクーク県知事が「イスラーム国」の襲撃を撃退したと発表。
  3. シンジャール:10月24日に「イスラーム国」が襲撃。クルド部隊に撃退された模様。
  4. ルトゥバ:10月23日に「イスラーム国」が襲撃、複数の街区を占拠した模様。

評価

 「イスラーム国」は、キルクークやシンジャールのようなモスルに近接する地域のみならず、ルトゥバのような遠隔地をも襲撃し、イラク軍・ペシュメルガの勢力分散と戦線の撹乱を図っているものと思われる。キルクークやシンジャールは連邦政府とクルド政府との間で帰属や権益の管理を巡る係争の発生が予想される地域のため、これらの地域での戦闘が長引けば、イラクの政界での諸勢力の権益争いが「イスラーム国」との戦闘に参加する諸派の部隊の足並みを乱す恐れもある。また、連邦政府はモスル北方に駐留するトルコ軍がモスルの奪回作戦に参加することを拒否しているが、クルド勢力はトルコ軍に砲撃による支援を要請した模様で、トルコの役割もイラク国内の諸勢力の争いの火種となりうる。

 また、下図は「イスラーム国」の自称報道機関「アアマーク」が発表したモスルでの戦果についての情報であるが、これによると17日~24日までの一週間で58件の自爆攻撃を行ったことになっている。一方、アメリカ軍の爆撃による民間人の被害を死者41人、負傷者67人と主張している。モスルやその周辺の「イスラーム国」が占拠する地域に在住する民間人の暮らしぶりや戦闘による被害の情報は極めて少ない状態にあるが、現時点では人口密集地での戦闘が本格化していないため多数の死傷者が出る事案や大人数の避難は発生していない模様である。「アアマーク」の主張を見る限り、「イスラーム国」は現時点では自爆攻撃をはじめとする自派の戦果を強調する一方、民間人の被害に関するアメリカやイラク政府に対する非難のプロパガンダにはさほど労力を割いていないように思われる。ただし、多数の自爆攻撃のうち、その実行者の氏名や画像が発表される事例は少数にとどまっており、現地で自爆攻撃の実施や戦果確認、広報に関する統制が取れていないようにも見える。「イスラーム国」が戦闘やそれを取り巻く政治・社会状況に応じて戦術を変えたり、作戦と広報への統制を改善したりするかが注目点となろう。

(主席研究員 髙岡 豊)

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