中東かわら版

№74 イスラーム過激派:ドイツでの自爆事件の実行犯

 2016年7月26日、「イスラーム国」の自称週刊ニュース誌『ナバウ』は、ドイツのアンスバッハで発生した自爆事件(7月25日)の実行犯であるアブー・ユースフ・カッラール(本名ムハンマド・ダリール)の来歴について要旨以下の通り報じた。

  • 「イラク・イスラーム国」(「イスラーム国」が2006年10月~2013年4月まで用いていた名称)に数カ月間参加していたがヌサイリー(=シリア政府のこと)の情報機関に追跡されていると知り、アレッポの生家に戻った。シャームでのジハード(=シリア紛争のこと)が始まると、仲間と共にジハード細胞を結成し爆弾や火炎瓶でヌサイリー体制の拠点や車両を攻撃した。

  • 複数の武装勢力を転々としたがいずれも構成員の道徳的退廃を嫌い長続きしなかった。「イスラーム国」のムジャーヒドゥーンが「ヌスラ戦線」との名称でシャームに進出すると(=遅くとも2011年末)これに参加したが、戦闘で負傷し、治療のためシリアを出国した。

  • 不信仰のヨーロッパに居住したが、カリフの軍に加わるためにシャームに戻ろうとの試みに複数回失敗した。彼に対し国境の門は閉ざされていた。そのため、インターネット上で「イスラーム国」を支援することとし、アカウントを開設して「イスラーム国」についての情報提供を行った。

  • 十字軍のドイツで攻撃を実行しようとした際、車両や家屋を爆破するための爆発物を集めることが困難だったため、十字軍の者の集団の中で爆破する作戦に変更した。この間、容疑者捜索のためドイツの警察の捜査を受けたが、爆破計画は露見しなかった。

  • 十字軍に最大限の損失を与えるための攻撃対象を探し、音楽祭を攻撃することとした。この間、カリフの兵士の一人と常時連絡を取り、この兵士から励ましを受けていた。

 

評価

 「イスラーム国」の自称報道機関である「アアマーク」や『ナバウ』のような媒体には、世界各地で発生する攻撃事件を「報道」することにより組織として実質的に関与していない事件を自らの「戦果」として取り込む機能を持っているが、今般の事例については実行犯と「イスラーム国」との関係が比較的長期間にわたる上、作戦準備期間中「カリフの兵士」が実行犯を激励し続けるなど、「イスラーム国」の関与の程度が比較的高いといえよう。これに対し、実行犯の経歴や作戦準備の内幕についての情報が開示されていない事件については、たとえ「アアマーク」が動画つきで「報道」したとしても組織としての関与の程度はさほど高くはないと考えられる。

 一方、今般の記事はヨーロッパ諸国における「イスラーム国」やその同調者の活動について非常に重要な情報を含んでいる。それは、事件の実行犯がシリアでの戦闘での負傷を治療するためにドイツに受け入れられたこと、「イスラーム国」に合流するための出国を複数回にわたり阻まれたこと、インターネット上で「イスラーム国」に与する活動をしていたこと、作戦の準備・実行の期間中「イスラーム国」の者と連絡を取り続けていたことの4点である。

最初の点については、トルコやEU諸国の一部は単なる紛争の被災者や難民向けの支援として以上に、シリアにおける反体制派支援の一環として武装勢力や戦闘員に便宜を供与していた。2014年夏に「イスラーム国」が世界的な懸念事項となる以前は、イスラーム過激派といえどもシリア政府を攻撃している限りその活動は容認されていたため、EU諸国には負傷などの理由でシリアから退避したイスラーム過激派の戦闘員や戦闘経験者がトルコ経由で相当数入り込んでいることが懸念される。また、今般の事件の実行犯は「イスラーム国」に合流するためのドイツ出国に失敗している。EU諸国は2015年ごろまで「イスラーム国」のためのヒト・モノ・カネのような資源調達活動を本格的に取締まってこなかったが、取締りを強化すればこれまでEU諸国の内部で「イスラーム国」のために活動していた個人や集団と衝突する可能性が上昇するため、EU諸国で何らかの襲撃事件が発生する確率は少なくとも短期的には上がると考えるべきであろう。今回の事件は、「イスラーム国」に向けて出国できなかった者がEU域内で事件を起こした典型的な事例であろう。さらに、実行犯がインターネット上で「イスラーム国」を支援する情報提供活動を行っていたことにも注目すべきである。このような活動は、「イスラーム国」による人材勧誘などの資源調達活動において「拡散者」と位置づけられる活動である。「拡散者」への対策は、言論や表現の自由との兼ね合いや、「拡散者」の活動に科すことができる罰則が軽微なものに過ぎないことなどから、世界的な問題となっている。「拡散者」の側も、こうした状況に乗じてインターネットの利用環境の良い場所、言論や表現の自由などの人権が保障されている場所で活動していると考えられているが、今般の事例は「拡散者」の活動のあり方の一端を示すものであろう。最後に、実行犯が「イスラーム国」の構成員と連絡を取り続けていたという点であるが、この構成員がドイツをはじめとするEU域内に在住する者か否かは記事からでは判別できない。とはいえ、この記事は「イスラーム国」と実行犯や作戦との関係がそれなりに深い場合はそれを広報の材料として用いるということを示しており、今後も類似の事件があった場合は「イスラーム国」側が手持ちの情報を広報に利用する可能性が高い。すなわち、世界各地での「イスラーム国」の作戦とされる事件については、安易に「イスラーム国」の犯行と断定するのではなく、捜査情報や「イスラーム国」の広報を見極めた上で対処すべきものなのである。「アアマーク」などの「報道」だけを頼りにあらゆる事件を安直に「イスラーム国」の作戦と決め付けることは、「イスラーム国」の増長と模倣犯の増加につながる危険性が高い。

(イスラーム過激派モニター班)

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