中東かわら版

№178 サウジアラビア:アラブ・イスラーム諸国による合同軍事演習「北の雷」の実施

 2月14日から3月10日、サウジアラビア北部のハフル・バーティンにあるキング・ハーリド軍事基地において、サウジ主導によりアラブ・イスラーム諸国20カ国による合同軍事演習「北の雷」が実施された。サウジ当局の発表によると「地域において史上最大規模」の合同軍事演習であり、35万人の兵員が参加したとされている。

 3月7日の記者会見において、サウジのアシーリー国防相室顧問は、同演習の目的は参加国間の軍事協力を進め、合同で迅速に行動を起こすための準備をすることであると述べたほか、イランがレバノンにおけるヒズブッラーやイエメンにおけるフーシー派といった民兵を用いて他国に介入していることを指摘し、同演習にはゲリラ戦に対処するための訓練が含まれていることを明らかにした。

 演習には、2月14日付の『サウジ国営通信(SPA)』ではサウジアラビア、UAE、ヨルダン、バハレーン、セネガル、スーダン、クウェイト、モルディブ、モロッコ、パキスタン、チャド、チュニジア、コモロ連合、ジブチ、オマーン、カタル、マレーシア、エジプト、モーリタニア、モーリシャスの20カ国に加え、GCCの合同軍である「半島の盾」軍が参加すると発表されたが、27日付の『SPA』ではモーリシャスが抜け、トルコが参加することになっていた。同演習のTwitterにおける公式アカウント上でも、モーリシャスではなくトルコを含めた20カ国が参加国として発表されている。

評価

 同演習については、演習内容、規模に加え、実際に演習を行った時期についても不明瞭な部分がある。公式発表では2月14日から3月10日まで演習が行われたことになっているが、2月27日付の『SPA』が「本日(2月27日)から演習が開始される」と発表し、3月7日にはアシーリー顧問が「本日(3月7日)から主な演習が開始される」と述べている。Twitterの公式アカウントで演習が行われている様子が報じられるようになったのも3月7日以降であり、それまでは各国軍が現地に到着する様子や、司令官による演説の映像がほとんどであったことを勘案すると、実質的な演習は最後の4日間に集中していたと見られよう。

 今回の演習については、その軍事上の意義よりも、外交面における意味合いがメディアによる報道などでも強調されている。すなわち、昨今のサウジ・イラン間の緊張との関連で、昨年末に発表されたイスラーム諸国による対テロ軍事同盟と同様、サウジが対イランの文脈で地域諸国の結束を示しているという見方だ(対テロ軍事同盟については「サウジアラビア:イスラーム諸国による対テロ軍事同盟の発表」『中東かわら版』No.141(2015年12月16日)を参照)。実際の演習の規模は不明なるも、欧米諸国が参加せず、地域諸国のみで行われた演習として最大の規模であることは間違いなく、しかもサウジが「主導」しているという文言が用いられていることは、地域におけるサウジの軍事的役割が大きく変化していることの現れであろう。7日の記者会見でアシーリー顧問は、演習はイランにメッセージを送るためのものではないと述べたが、イランによる第三国への介入を非難し、ゲリラ戦への対処訓練を行ったことに言及しており、サウジにとってはイランを意識したものであったことが窺える。もっとも、2月27日付の『SPA』においても、「演習はテロ組織への対処法や伝統的な(対国家の軍事)作戦から低強度の作戦への移行方法に焦点を当てている」としており、サウジ・イラン間の直接的な軍事衝突の懸念が高まっている状況にはない。

 他方、今回の演習の参加国と、昨年末に発表された同盟の参加国には大きなずれがある。サウジの発表では同盟には34カ国が参加しているが、今回の演習では参加は20カ国にとどまった。ナイジェリアなどのアフリカ諸国や、バングラデシュに加え、内戦下にあるリビア、イエメンからの参加もなかった。一方、同盟に参加していないオマーンが今回の演習には参加したほか、サウジの発表では同盟に含まれていたものの後に参加を否定したパキスタンは、今回の演習には部隊を派遣している。こうしたずれは、サウジと地域諸国の間の脅威認識には依然として大きな差があること、そして同盟や演習には広範な協調関係以上の意味合いがないことを象徴しており、メディア等で用いられるスンナ派勢力とシーア派勢力がそれぞれブロック化し、宗派対立が深まっているという言説と実態は異なることを示している。

(研究員 村上 拓哉)

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