中東かわら版

№174 レバノン:サウジがレバノン軍への援助の支出停止を発表

 2016年2月19日、サウジの高官はレバノンとの関係を「包括的に見直す」と発表し、レバノン軍に対する軍事援助(サウジが30億ドル出資してフランスから兵器を購入、レバノン軍に供与する内容)、レバノン治安部隊への援助(10億ドル)を中断すると述べた。同高官は関係見直しの理由を、「サウジがレバノンに対し長年支援してきたにも拘らず、レバノンの意思決定が“ヒズブッラー”なるものに独占され、レバノンがアラブ・地域・国際場裏でサウジに反する立場を取ったこと」と主張した。「サウジに反する立場」とは、具体的には2016年1月初頭にイランでサウジの大使館や領事館が襲撃された件について、レバノンがアラブ連盟やイスラーム協力機構の会合でサウジの意に沿わない立場を取ったことである。

 これに対し、レバノンの外務省は「両国の関係は一時的な状況に左右されない深いものである。・・・レバノンこそがイランにてサウジの外交団が襲撃された際、外務省名義でこれを非難し、内政干渉を非難した国である」と反論した。

評価

 レバノンの親サウジ諸派は今般のサウジからの支援中断発表を受け、ヒズブッラーを非難すると共に、サウジにも決定の見直しを訴えた。これは、サウジ、フランスなどがレバノン軍、治安部隊を支援する目的が、国家権力の外で強力な軍事力を有するヒズブッラーを抑制、ひいては解体することにあるからだ。つまり、レバノン軍・治安部隊を強化する事業が滞ることは、これを通じてヒズブッラーの抑制を試みる方針の頓挫を意味する。

 一方、宗派を政治的権益や役職を分配する単位とし、実質的には名望家や有力政党が国政と権益配分を恣意的に運営するレバノンの政治制度に鑑みれば、「ムスタクバル潮流」などの親サウジの諸派も、ヒズブッラーと同党と連携する諸派も、権益配分の仕組みの改変や中央政府が必要以上に強くなることは望ましくない。現在レバノンで大統領、国会、内閣などの国権の枢要な機関がいずれも法的裏づけを欠いた状態にあるのは、いずれの政治勢力も「相手方に有利な決定を妨害する」行動に終始している結果である。今回のサウジの決定には、既にUAE、バハレーンが支持を表明しているが、サウジの主張する「レバノンとの関係の包括的見直し」がレバノン国内の諸派による実力行使を伴う対立にまで発展すれば、レバノンまで情勢が悪化することになる。サウジがヒズブッラーのみならずイランとの対立の文脈で対レバノン政策を講じる際、地域の安定や新たな秩序作りに向けた用意がどの程度あるかが、焦点となろう。

(主席研究員 髙岡 豊)

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