中東かわら版

№146 シリア・イエメン:サウジとイランとの関係緊張の影響

 サウジアラビアがイランとの外交関係の断絶を宣言し、これにバハレーン、スーダンなどのアラブ諸国の一部が追随していることが、サウジとイランを重要な当事者とする中東の紛争を解決するための努力に悪影響を与えると懸念されている。特に、両国の対立激化が「イスラーム国」対策のための国際的な連携を妨げるとの見通しが有力である。しかし、6>日付のレバノンの『サフィール』紙(親アラブ民族主義)は、サウジとイランの関係断絶の契機となったサウジにおける「テロリスト」多数の死刑執行について、興味深い分析を掲載した。記事の要旨は以下の通り。

  • 最近サウジが死刑を執行した者の中には、シーア派の宗教家のニムル・ニムル師だけでなくアル=カーイダの幹部数十名も含まれていた。このことは、アル=カーイダとサウジとの間の実質的な同盟関係を破綻させるであろう。
  • サウジは、2013年にシリアにおけるアル=カーイダである「ヌスラ戦線」をテロ組織に指定したり、国外で(イスラーム過激派に合流して)戦闘に参加した者に対する罰則を強化したりしてアル=カーイダと決別する態度を示してきた。しかし、サウジはイエメンにおいてはフーシー派・サーリフ元大統領派に対する「抵抗運動」という名目で、シリアにおいては「ファトフ軍」を通じてそれぞれアル=カーイダ諸派と同盟関係にあった。
  • イエメンで活動する「アラビア半島のアル=カーイダ」は、12月中旬に「ムジャーヒドゥーン捕虜の処刑」について態度を表明する声明を発表した。同派はその中で、処刑の代償はサウード家やその軍人の血となると脅迫した。「アラビア半島のアル=カーイダ」は、イエメン東部のハドラマウト県で、同県の県庁所在地であるムカッラー市を含む広範囲を占拠しており、同派がサウジを攻撃するようであれば、サウジを中心とする連合軍部隊への脅威が増すことになる。
  • シリアにおいても、死刑執行への姿勢で「ファトフ軍」の主力である「ヌスラ戦線」と、「シャーム自由人運動(アフラール・シャーム。アル=カーイダと近しい関係にある)」との間の相違が顕在化した。前者は死刑執行に反発したが、後者は処刑された者への追悼声明を発表しなかった。「ファトフ軍」はサウジ、カタル、トルコの後援で発足したが、今般の死刑執行により、「ファトフ軍」とサウジとの関係が変わることは必至である。
  • 「イスラーム国」については、12月末に発表したバグダーディーの演説にサウード家に対する非難とサウード家に対する蜂起扇動が含まれていた。「イスラーム国」はサウード家を「スンナ派世界」での指導権を競う相手だと考えている。

評価>

 サウジとイランとの関係が悪化すると、シリアやイエメンでの和平促進の動きが殺がれたり、「イスラーム国」対策の足並みが乱れたりするとの懸念は、両国において親サウジ勢力と親イラン勢力との戦闘が激化し、その間隙を突いて「イスラーム国」が勢力を伸ばすのではないかとの見通しに基づく。しかし、サウジとイスラーム過激派諸派との関係という文脈で考えると、このような見通しには再考の余地がある。イエメンでは、サウジが率いる連合軍が軍事介入して以来、連合軍は「アラビア半島のアル=>カーイダ」やその提携団体である「アンサール・シャリーア」と共にフーシー派・サーリフ元大統領派と交戦し、イスラーム過激派が占拠する地域を広げることを黙認してきた。それが、今般の死刑執行により「アラビア半島のアル>=>カーイダ」が連合軍との共闘を止め、サウジを攻撃する側に転じる可能性が生じてきたのである。実際、このところ連合軍が後援するハーディー前大統領派の要人に対する暗殺未遂が連日発生し、アル>=>カーイダの構成員と思しき武装勢力がアデンに進出してハーディー前大統領派と大規模な戦闘に及ぶ事例も発生している。このため、連合軍やハーディー前大統領派は、重要拠点であるアデンの掌握すらおぼつかない状況に追い込まれている模様である。>

 一方、シリアの「ファトフ軍」は、サウジにとってアサド政権を攻撃する「良い武装勢力」であるが、その主力である「ヌスラ戦線」とサウジとの関係が悪化すれば、「ファトフ軍」そのものが弱体化する可能性が高まる。また、「イスラーム国」は12>月後半に親米・親イスラエル、サウジ国内でのシーア派の存在など、サウード家の政策を問題視してその正統性そのものを否定し、自らを「スンナ派の代表」と位置づける広報キャンペーンを行っている。こうしたキャンペーンを受け、サウジ内外で「イスラーム国」やその共鳴者がサウジに対する何がしかの行動に出ることも考えられる。サウジにとっては、「イスラーム国」を王家の正統性を否定する最優先の敵対者と認識すべき状況にあり、「イスラーム国」対策を「イランの後回し」にするゆとりは失われつつある。>

 こうした状況は、イエメンにおいてもシリアにおいても、事態がサウジにとって好ましくない方向に推移する可能性が高いことを示している。仮にサウジがイエメンとシリアで親イラン勢力を攻撃・妨害しようとしても、それを担う提携相手を見出し難いだろう。すなわち、サウジとイランとの関係悪化・対立激化と同時並行でサウジとイスラーム過激派との対立激化と暗黙の提携関係の解消が進んでいるのであり、均質な「スンナ派」なるものが存在し、それが政治行動で歩調を合わせてサウジの指導の下イランと争うとの想定は現実的ではない。>

(主席研究員 髙岡 豊)

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