中東かわら版

№135 イラク、シリア:「イスラーム国」の生態(住民からの収奪)

 「イスラーム国」の収入源としては、これまで天然資源の盗掘、占拠した銀行にあった現金の奪取、文化財の盗掘・密売、誘拐による身代金奪取、近隣諸国の支持者からの資金提供、占拠した地域からの収奪が主な柱と考えられてきた。2015年12月1日付『シャルク・ル・アウサト』紙は、上記のうち占拠した地域からの収奪が最大の収入源であるとして、「「イスラーム国」は支配下の人々からお金を巻き上げる」と題し要旨以下の通り報じた。

  • ヨルダンから「イスラーム国」が占拠する地域へと冷凍食品や生鮮食品を輸送する冷凍車の運転手は、輸入手数料、運行許可料などの名目で1カ月に計900ドルを「イスラーム国」の戦闘員に支払った。支払いを拒めば、「逮捕」されたり積荷を焼却されたりする。
  • 「イスラーム国」は占拠した地域にある政府の施設や(経済活動の)事業を強奪して収入を得ているほか、人々の商業活動、保有資産から可能な限り多くのお金を巻き上げるため常時暴力で脅迫している。
  • シリアのラッカ市では、「サービス庁」なる部門が「租税」取立てのための担当官を市場などに派遣し、市場の清掃のための「税」(月額7ドル~14ドル)を取り立てている。また、同地の住民は電気代(月額約2.5ドル)、水道代(月額約1.2ドル)を支払い窓口に納めなくてはならない。
  • 「イスラーム国」の者は、「租税」という用語を嫌い、イスラーム法上の救貧税である「ザカート」という用語を用いる。但し、ザカートとして徴収すべきとされる額はイスラーム法上、課税対象者の資産の2.5%であるのに対し、「イスラーム国」は戦時中であるとの理由で10%相当を取り立てている。
  • 「イスラーム国」は、車両の登録手数料、学校の教科書の売り上げ、喫煙や服装規制の違反者に科す罰金からも資金を得ている。2015年8月にモスルで喫煙を摘発された者の証言によると、鞭打ち15回に加えて40ドル相当の罰金を科された。
  • 関係者の一部は、このようにして収奪した金銭は8億~9億ドルに上ると推定している。

評価

 上記の報道の内容は、取材の対象が「イスラーム国」が占拠している地域の全体を代表するほど多数いるとは思われないので、「イスラーム国」による収奪の全容を示しているわけではないだろう。また、一つ一つの取り立てや支払いは、日本や先進国で生活する感覚からすれば必ずしも高額ではないかもしれない。しかし、数十年前に定められた賃金体系や税率が実態と十分整合が取られない状態で適用されていたり、極めて安価な上支払い逃れも横行していたと考えられる公共料金体制の下で生活していたイラクやシリアの人々にとって、厳密かつ暴力的に「租税」や公共料金を取り立てられることは相当な負担感であろう。また、個々の支払額が小額でも、合計すれば相当な金額に上り、今般の報道での推計額(8億~9億ドル)は、石油盗掘の収入(約5億ドル)、金融機関から奪った額(6億7500万ドル)を上回ると考えられている。

 一方、「イスラーム国」は連日、電気・水道・食品供給、清掃、市場や道路の整備のようなサービス部門での「業績」や、ザカートの配布の模様を映した画像を発信している。しかし、「イスラーム国」が調達した資金は、戦費、構成員の福利厚生の費用の原資として用いなくてはならないため、住民に還元されたり、経済活動の維持・拡大のために投資されたりする資金やサービスがあったとしても、それは徴収された額のごく一部に過ぎないであろう。その結果、住民の生活と経済活動は圧迫され、既に紹介した事例のように、生活の糧を得るために「イスラーム国」の戦闘員にならざるを得ない者を生じさせることになろう。なお、「イスラーム国」は「不信仰な経済体制の打破」を標榜して貴金属貨幣を導入するとの広報を行っているが、現時点では彼らの広報活動のモニターや報道を通じ、貴金属貨幣の使用や流通を確認することはできない。今般の報道で取り上げられた住民からの収奪は、「イスラーム国」が広報する「イスラーム統治」の下での豊かな生活とは別の生活実態があることを示している。

(イスラーム過激派モニター班)

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