中東かわら版

№75 イエメン:アル=カーイダの勢力伸張

イエメンでは2015年3月以来サウジを中心とする連合軍が紛争に介入し、ハーディー前大統領派に与してフーシー派・サーリフ元大統領派を攻撃している。連合軍の介入により、アデンをはじめとする南イエメンの諸県からフーシー派・サーリフ元大統領派の駆逐が進んでいるが、現場の状況は「正統政府」とされているハーディー前大統領派が「反乱者」とされるフーシー派・サーリフ元大統領派を討伐しているなどという単純なものではない。むしろ、紛争や連合軍の介入によりアル=カーイダが占拠地域を広げる事態すら生じている。現地発の報道に基づく概況は以下の通り。

  • 現在連合軍が行っている「黄金の矢」作戦には、南イエメン独立運動(ヒラーク)諸派、ハーディー前大統領を支持する部族勢力、ムスリム同胞団などのイスラーム主義者に加え、「アンサール・シャリーア」やアル=カーイダの戦闘員が参加している。
  • アデンの治安維持や地元の武装勢力の養成のため、サウジ、UAEが地上部隊を派遣している。
  • アデン市の一部街区がアル=カーイダの戦闘員に制圧されたとの住民の証言があり、同市内の治安機関庁舎がアル=カーイダの者によって占拠・爆破される事件も発生している。なお、同市内のほかの街区はヒラークの戦闘員が占拠している。
  • UAE軍が特殊作戦を実施、2014年にアル=カーイダに誘拐されたイギリス人の人質を解放した。

評価

イエメンで活動する「アラビア半島のアル=カーイダ」は、かねてから「アンサール・シャリーア」という別名の団体を通じてハドラマウト県を中心に南イエメンで領域や行政機関の占拠を試みていた。しかし、最近はアメリカ軍による空爆で主要幹部が相次いで殺害されたり、「イスラーム国」との威信や資源の獲得競争で劣勢に立たされたりするなど、同派の活動が活発というわけではなかった。しかし、ここにきてアル=カーイダの戦闘員がハーディー前大統領派に混入して活動範囲を広げていることが明らかになった。連合軍の中ではサウジ、UAEがイエメンに地上部隊を派遣しているが、アル=カーイダや「アンサール・シャリーア」にはイギリス人の解放作戦以外の攻撃・掃討作戦を行っていない模様であり、アル=カーイダの活動は放任されている。アル=カーイダとハーディー前大統領派の武装勢力との混在やアル=カーイダの住宅地への潜伏が進めば、アメリカ軍によるアル=カーイダに対する空爆が制約される恐れもある。

このような事態に至った原因としては、ハーディー前大統領派を担う軍や部隊が実質的に存在せず、ハーディー前大統領派とは利害関係もイエメンの将来像についての構想も異なる多様な武装勢力諸派に頼っていること、サウジなどの連合軍に参加した諸国がイエメンの政治や治安の安定を実現するために生じる負担を回避しようとして本格的な関与を望んでいないことが挙げられる。イエメン情勢の安定のためには、アラブ合同軍の編成や国際部隊の派遣が呼びかけられているものの、依然として実現のめどは立っていない。また、ハーディー前大統領派とされる武装勢力諸派は、同床異夢の雑多の武装勢力の寄せ集めであり、今後これらの諸派の間で利権や占拠地域を巡る戦闘が発生しかねない。現在のような状況が続くようであれば、サウジやUAEにとって、事態の改善のための負担が嵩んだり、「アル=カーイダの放任、同派との共謀」という非難や中傷が生じたりするであろう。

(主席研究員 髙岡 豊)

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