中東かわら版

№73 イスラエル:シナイ半島に駐留するMFOに対する米国の対応

 エジプトのシナイ半島に多国籍監視軍(MFO)が駐留していることはあまり知られていない。MFO(The Multinational Force & Observers)は、1979年エジプトとイスラエルが締結したキャンプ・デービット条約に基づいて創設された部隊で、シナイ半島におけるイスラエル・エジプト軍の動きを監視するのが任務である。MFOのホームページによれば、2015年4月時点で12カ国が兵士を派遣しており、兵力は1667人である。米国メディアの報道では、部隊の主力は米軍約700人である。イスラエルとエジプトの間では、和平条約締結以降、現在に至るまで和平合意違反はほぼ皆無であり、MFOの動向が関心を集めることはほとんどなかった。しかし、2011年のエジプトでの政変後、シナイ半島の治安情勢が悪化した結果、MFOをめぐる政治・治安情勢は大きく変化した。シナイ半島でエジプト軍と同地の武装勢力の衝突が増大・激化するるに従い、MFOが武装組織の攻撃を受けることが懸念される事態になっている。

 こうした中、2015年8月11日、米『NYT』紙は、社説で「シナイ半島の平和維持軍について再評価する時期(Time to Reassess Sinai Peacekeeping Force)」を掲載した。同紙は、MFOはイスラエルとエジプトの和平を堅固なものにするという歴史的に重要な役割をすでに果たしたと評価し、和平条約維持のためには依然国際的な軍事的・外交的な支援は必要だとしつつ、現在のMFOは危機に直面しても駐留継続を正当化するような機能を果たしていないとした。同社説が掲載された後の8月18日の『AP』は、オバマ政権は米軍部隊のMFO派遣について、部隊に対する脅威が増大しているとして、部隊の武装を強化する案から部隊を撤退させる案までの広い選択肢の中で対応策を静かに検討していると報道した。『AP』の報道について、イスラエル国防省政治・治安部幹部は、18日のイスラエル軍放送との会見で、イスラエル・エジプト・米国はMFOの重要性を承知しており、米軍が撤退するような議論はないと述べている。 

 

評価

 

 イスラエルの安全保障の要は、エジプトとの間に締結されたキャンプ・デービット和平条約の堅持である。1973年の第四次中東戦争以来、イスラエルは国家を相手にした戦争を42年間行っていない。また、近い将来、隣接する国家と戦火を交える可能性はほぼない。これはキャンプ・デービット条約が堅持されているためである。そのことをよく理解しているイスラエルが、ムバーラク前大統領が追放された時、和平条約が破棄されるかもしれないと心底懸念したのは当然である。他方、イスラエルはエジプトとの和平を堅持しつつも、エジプト軍に対する警戒体制は維持するだろう。イスラエル軍は、建国後4回にわたり隣接する国を相手に戦争を行ったが、その戦いのすべてにエジプト軍がいた。イスラエル軍の最大の潜在的な敵は、今も将来もエジプト軍である。国連を信用しないイスラエルは、エジプトとの和平維持の監視を国連ではなく米国主導の監視部隊が行なうことを希望し、その結果MFOが創設された。イスラエルにとって、MFOはエジプトとの和平維持のための軍事的な要である。

 シナイ半島の治安が悪化する状況の中で、MFOに派遣した米軍部隊が地場の武装勢力あるいは「イスラーム国」支持勢力に攻撃されることを米国が懸念するのは当然だろう。しかし、検討されている対応策の中に米軍部隊の撤退が含まれていることは意外である。MFOに米軍がいることは、米国がイスラエルとエジプトの和平を軍事的に保証することを意味する。米軍が抜けたMFOが、所与の役割を果たせるか疑問である。仮に他の国が米軍に匹敵する部隊を派遣したとしても、イスラエル軍は米軍以外の部隊を信用しないだろう。今回の一連の報道に接したイスラエル軍首脳が強い懸念を持っても不思議ではない。『AP』の報道の情報源になった米国政府関係者は、イスラエル軍の反応を理解した上で、米軍部隊の撤退案を選択肢の中に入れた可能性があり、これは極めて政治的な動きあるいは米国の対イスラエル圧力の一つと見るべきかもしれない。

(中島主席研究員 中島 勇)

◎本「かわら版」の許可なき複製、転送はご遠慮ください。引用の際は出典を明示して下さい。
◎各種情報、お問い合わせは中東調査会 HP をご覧下さい。URL:https://www.meij.or.jp/

| |


PAGE
TOP