№38 リビア:米軍の空爆によるムフタール・ベルムフタール死亡説
6月14日、米国防総省は、13日にリビアで「アル=カーイダに属するテロリスト」に対して攻撃を行ったことを発表した。これまでのところ、同省は軍事作戦について詳細を明らかにしておらず、作戦の結果を評価していると述べるにとどまっている。
一方、同日、東部ベイダのリビア政府(シンニー首相)は、米軍がリビア政府との調整によってリビア東部のテロ組織を空爆し、テロリストのムフタール・ベルムフタールが殺害されたことを確認したとの声明を発表した。ムフタール・ベルムフタールは、アルジェリア南部やサヘル地域で活動するイスラーム過激派組織「ムラービトゥーン」の首領であり、同組織の前身とされる「血判部隊」ないし「覆面部隊」が、2013年1月にアルジェリア南部のアイン・アミナース石油施設を襲撃した。同事件では邦人10名が死亡している。リビア政府はベルムフタール死亡を公式に発表したが、遺体を確認した等の情報は出ていない。
なお現地報道では、13日深夜から14日未明にかけて東部アジュダービヤで外国の戦闘機によるものと思われる空爆が発生しており、これが米軍の空爆であったと考えられる。
評価
まず、ベルムフタールの遺体が確認されたという情報が存在しない現時点では、同人が死亡したと断言することはできない。
また仮にベルムフタールが死亡したのだとしても、同人を首領とする過激派組織が弱体化するなどの、対テロ軍事作戦としての効果は期待できないと考えられる。ベルムフタールに関しては、マリでの仏軍による軍事作戦時など、過去に数度死亡が報じられては後に生存が確認されてきた。通常、イスラーム過激派は、幹部が敵の攻撃で死亡した場合はその死亡を告知する声明を発出する。敵に対する報復攻撃の開始を宣言することで、自派の政治的主張を改めて宣伝し、自派の勢力の強さや団結を敵方に伝えるためである。同時に、その声明が自派のものである信憑性を確固たるものにするため、公式の広報部門を創設し、これを通じて声明を発出するものである。
しかしベルムフタールが属するとされる「ムラービトゥーン」や「血判部隊」、「覆面部隊」の場合、彼らが実行した軍事作戦や彼らの政治的主張は、小規模な通信社や、過激派内部ではそれほど有名ではないインターネット・サイトで発表され、声明の信憑性が極めて曖昧であった。このことは、ベルムフタールが関係する組織が過激派としての生命線ともいえる広報活動に注力していないか、または既に組織として弱体化していることを意味する。したがって、今回の空爆でベルムフタールが死亡したとしても、リビアの混乱や、ひいてはサヘル地域の過激派情勢に大きな影響を及ぼさないと考えられる。
さらに、ベルムフタールが死亡すれば「イスラーム国」に利する状況が生まれる可能性もある。ベルムフタールはアル=カーイダを支持し「イスラーム国」とは対立する関係にある。ベルムフタールが死亡すればマグリブ地域のアル=カーイダ支持勢力は窮地に立たされ、「イスラーム国」に鞍替えすることも十分に考えられる。つまり米国の今回のようなアル=カーイダ幹部を狙った軍事作戦は、「イスラーム国」を優位に立たせる結果をもたらすのである。
(イスラーム過激派モニター班)
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