中東かわら版

№23 イスラーム過激派:「イスラーム国」の近況 #2

 2015年5月17日、「イスラーム国」はイラク西部のアンバール県の県庁所在地であるラマーディーを完全に制圧したと主張した。また、「イスラーム国」はシリア中部のパルミラ(タドムル)やその周辺の集落・ガス田を襲撃し、シリア政府軍と交戦中である。「イスラーム国」を中心とするイラク・シリアでの戦闘状況は下記のとおり。

 

画像:「イスラーム国」がラマーディー市を完全制圧したと主張する声明。

 

 ラマーディーをはじめとするアンバール県では、2014年初頭からイラク政府に不満を持つ地元の部族や政治家らがイラクの政治過程の中で一層の権益の獲得を要求し反政府活動を強化していた。彼らはイラク国内の権益争いの中で「イスラーム国」を利用するかのようにして同派のアンバール県進出を容認し、その結果「シーア派政権とスンナ派との対立」という対立構図においてあたかも「イスラーム国」がスンナ派を代表する勢力であるかのように印象付ける役回りすら演じてきた。現在も、アンバール県の部族勢力や政治家は、イラクの政争の中での利害関係に囚われ、イラク軍やシーア派民兵との共闘を拒否し、アメリカからの直接武器供与を要望するなど、彼らが権益の増進を図る舞台となるはずのイラクの政治体制そのものを弱体化させる振る舞いに終始している。

 一方、シリアにおいてはダイル・ザウル市、パルミラとその周辺で「イスラーム国」が攻勢を強め、世界遺産であるパルミラ遺跡が「イスラーム国」の手に落ちる事態が懸念されている。シリア政府軍はパルミラとその周辺に増援を行い、同地域では激しい戦闘が続いている。ダマスカス郊外県やシリア南部のダラア県、クナイトラ県においては、アル=カーイダに忠誠を誓う「ヌスラ戦線」が衣替えした「ファトフ軍」や「合同作戦司令室」と「イスラーム国」との交戦が発生しており、両者の戦闘はレバノン領内にまで及んでいる。シリアとレバノンの国境地帯であるカラムーン山地では、シリア政府軍とヒズブッラーなどが要衝を制圧し、「ヌスラ戦線」などの排除を進めている。シリア北部では、「ヌスラ戦線」などがトルコからの実質的な援助を受けつつ、イドリブ県で攻勢を強めており、シリア・トルコの国境地帯のジスル・シュグール市が戦闘の焦点となっている。

評価

 イラクの「スンナ派」の政治勢力と「イスラーム国」との利害の一致や共闘関係は、2014年から指摘されてきた。その一方で、非ムスリムをはじめとする地元住民を追放・殺害し、そこに外部から移住(=ヒジュラ)してきた戦闘員やその家族らを植民することを「国家建設」の基軸とする「イスラーム国」と、イラクの政治過程の中での権益の拡大を目指す「スンナ派」との利害は究極的には相容れないことも自明である。そうした中で、アンバール県の部族勢力などがイラク政局の文脈での対立や感情的な好悪を宗派主義的な見地で表明し、「イスラーム国」対策に背を向けている状況は危機的ですらある。イラクの「スンナ派」にとって、彼らが権益分配の単位と考えているイラク政府やイラクという国家そのものを弱体化・破壊することは利益に反することであるが、現在のイラクの「スンナ派」の振る舞いはイラクという国家そのものを破壊しかねない「イスラーム国」を利することになっているのである。そうした意味で、現在アメリカの一部で取りざたされている、イラク政府を通さずにクルド勢力やスンナ派部族に直接軍事援助を供与するという方策も、イラク政府や国家の分断を深刻化させ、最終的には「イスラーム国」のような主体を利する結果に終わる恐れがある。

 シリアでは、パルミラの遺跡の安寧という観点から情勢に脚光が当たっている。現在パルミラ市や同地の遺跡を「イスラーム国」から防衛しているのはシリア政府軍であり、これに代わる勢力は存在しない。「ヌスラ戦線」や反体制派諸派は、カラムーン山地やゴラン高原などの辺地の一部で「イスラーム国」と交戦しているが、アレッポ県、ホムス県などより大規模な戦闘が行われている地域では「イスラーム国」と戦術的に提携関係にあり、彼らが「イスラーム国」対策で役に立つようには思われない。つまり、パルミラ遺跡の安寧を図るならばシリア政府軍との協調や政府軍の強化以外に採るべき方策がないのである。この状態は、「イスラーム国」もアサド政権も排除し、なおかつシリアの政治や周辺諸国の安全保障環境を安定させる方策は存在しないという現実の一端を示すに過ぎない。最近でも、アメリカとGCC諸国とのキャンプ・デービット声明でアサド政権も「イスラーム国」も同時に排斥することが謳われたが、この声明は両者の排斥についても、その後のシリアの政治体制や地域の安定の再建についても、誰が責任を負い、どのように費用を負担するのかなど現実的な見通しを一切示さない空論に過ぎない。「イスラーム国」の存在や活動が中東のみならず国際的な平和と安定の脅威というのならば、イラクにしてもシリアにしても「イスラーム国」対策で実現可能な方策の中からよりましなものを選択せざるを得ないことを当事者が認めるべき局面に至っている。

 アメリカ軍などは、イラクでもシリアでも「イスラーム国」の幹部の殺害や逮捕について発表するなど、空爆や軍事作戦の効果を強調している。その一方で、今般のラマーディーやパルミラでの情勢推移を見る限り、連合軍の空爆や軍事作戦が「イスラーム国」に即効性の打撃を与えているようには思われない。「イスラーム国」は、最近の攻勢でも外国人戦闘員を惜しげなく自爆要員、消耗を意に介さない戦闘員として投入し、それを足がかりにシリア軍やイラク軍に対する戦果を挙げている。5月10日以降、「イスラーム国」が発表しただけでも「殉教作戦」の実行者、「殉教者」の合計は18名に上るが、半数以上の10名が外国人であることを確認できる。これは、「イスラーム国」の攻勢を支えているのが、人員も含む外国から供給される資源であり、「イスラーム国」が外国人戦闘員を消耗兵器のようにして戦闘に投入している以上、同派自身は戦闘員の調達に苦しんでいないことを示している。「イスラーム国」や「ヌスラ戦線」が外部から何不自由なく資源を調達し、イラクやシリアの戦場に投入し続ける限り、数名の幹部の逮捕・殺害や局地的な戦闘での勝敗について論評する意義は乏しい。

(イスラーム過激派モニター班)

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