中東かわら版

№43 エジプト:ムルシー元大統領に脱獄事件で死刑判決

 6月16日、カイロ刑事裁判所は、2011年脱獄事件に関してムルシー元大統領への死刑判決を確定した。5月16日に暫定の有罪判決が出されていたが、死刑判決は共和国大ムフティーへの諮問(法的拘束力なし)が必要であり、ムフティーからの承認を得られたため、判決が確定となった。また同日、同裁判所はスパイ事件についてもムルシー元大統領に終身刑を宣告した。被告側は2件につき控訴する予定。

 脱獄事件とスパイ事件の概要、および判決概要は以下のとおり。

 

1.脱獄事件

2011年政変時に、ワーディー・ナトルーン刑務所の囚人多数が脱獄した事件。ムルシー元大統領などムスリム同胞団員や他のイスラーム過激派メンバーも脱獄した。

[起訴内容]脱獄、刑務所襲撃、脱獄幇助、武器強奪、警官殺人・殺人未遂など

[判決]

・死刑100人:ムルシー、バディーウ最高指導者、サアド・カタートニー自由公正党党首、イサーム・イルヤーン副党首など(出廷6人、不在94人)

・終身刑20人:ムハンマド・ビルターギー自由公正党幹事長など

・懲役3年1人、懲役2年24人

 

2.スパイ事件

外国勢力(カタル、アル=ジャジーラ局、ハマース、ヒズブッラーなど)と共謀し、エジプト国家を転覆ないし不安定化を企図したとされる事件。

[起訴内容]国際ムスリム同胞団の命令により、エジプトの国家安全保障・治安に関する極秘情報をカタル当局に提供した。またエジプト国内外のジハード組織と協力し、東部・西部国境から武器を密輸した上でガザで軍事訓練を実施した、など。

[判決]

・終身刑30人:ムルシー、バディーウ、ビルターギー、ハイラト・シャーティル副最高指導者など

・懲役7年2人

 評価

 国連や米国、EU、国際人権団体は今回の判決を非難する声明をそれぞれ発表した。Human Rights Watchは政治的動機に基づく判決と批判し、その根拠として、(1)ムスリム同胞団が政権から追われた後にムルシーや同胞団幹部は起訴された、(2)エジプト刑法では被告個人の刑事責任の立証が必要であるが、審理でムルシー個人の刑事責任が精査された形跡が見られない、その理由として、(3)有罪判決の根拠のほとんどは軍・警察将校の証言であり、当時の政権の他の関係者(シーシー大統領(当時は軍諜報局トップ)など)への聴取が行われていない、ことを指摘した。他方、エジプト外務省は、こうした国際的批判はエジプトの司法府への敬意を無視した侮辱行為、エジプト国民が信頼をおく司法府への冒涜であり、外国勢力による特定の政治的見解の押し付けであると強く批判した。国内事情への口出しは無用との言い分であろう。

 今回の判決はエジプト政治に大きな動揺や不安定化をもたらさないと思われる。ムスリム同胞団の幹部はトップから中間レベルまでほとんど逮捕されたことで、残った幹部は在外逃亡組と若者組で分裂し、内部統制が失われている。何よりも、世論の大部分がムスリム同胞団を嫌悪しているため、こうした司法判断を支持する傾向が強い。政治的異議を唱える層もわずかに存在するが、そうすれば逮捕されたり政治的圧力を受けたりする事例が多くなっている。現在のエジプト社会には、政府・治安当局・司法府による政治的反対勢力に対する恣意的取り扱いに異議を唱える層が圧倒的に小さいのである。

 現政権に対する政治的沈黙という状態は、ムバーラク時代もそうであった。しかし異なるのは、ムバーラク時代は政権に異議をもつ人々は多かったが彼らは沈黙していたのに対し、現在は政権に異議をもつ人々自体が少ないことである。世論調査結果や反対政党の弱さがそれを示している。これがシーシー政権の特徴であり、政治的自由の抑圧が今後も社会的に許される可能性が高い所以である。弁護側は控訴する見通しで、今回の判決が脱獄事件とスパイ事件の最終判決にはならないだろうが、ムルシー始め同胞団幹部に重い実刑が最終的に下される可能性は高いと考えられる。

(金谷研究員)

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