2023年度外交・安全保障事業
- コメンタリー
- 公開日:2025/05/29
ガザ危機とイスラエルのエネルギー安全保障
MEIJコメンタリーNo.10
中東調査会主任研究員 高橋雅英
1. はじめに
2023年10月から続くガザ危機下、イランや同国を支持する武装組織がイスラエルへの軍事作戦を増加させたことで、イスラエルの安全保障が大きく揺らいでいる。こうした中、ガザ危機がイスラエルのエネルギー調達に深刻な影響を及ぼすか否かが注目される。イスラエルは2010年代に沖合ガス田の開発に成功し、ガス生産量を飛躍的に増加させた。その結果、ガスの自給自足体制を構築するとともに、エジプト及びヨルダンへのガス輸出を通じて、ガス供給国としての存在感を強めた。一方、石油(原油と石油製品)は依然として諸外国からの調達に依存しており、原油の輸入依存度は2023年時点で96%に達した。
イスラエルにとってのエネルギー安全保障とは、化石燃料(石油や石炭、天然ガス)を適正な価格で安定的に調達するだけでなく、敵対する国家や非国家主体によるエネルギー施設への攻撃を阻止することでもある(1)。本稿では、イスラエルの天然ガス産業の動向やエジプトや欧州諸国にとってのイスラエル産ガスの重要性について考察し、ガザ危機がイスラエルの石油・天然ガス調達に及ぼした影響を検討する。そして、イスラエルにとって重要な原油調達先であるアゼルバイジャンとのエネルギー協力の行方を展望する。
2. イスラエルのエネルギー政策を支える天然ガス産業
イスラエルは1948年の建国以後、エネルギー源である化石燃料をいかに安定的に確保するかという課題を抱えてきた。こうしたエネルギー調達状況を一変させた出来事が、沖合でのガス田開発の成功である。イスラエルは2010年頃に沖合で大規模ガス田を発見し、2016年にタマル・ガス田、2019年にリバイアサン・ガス田、2022年にカリシュ・ガス田で生産を相次いで開始した。ガス生産量は2017年の10.3 BCM(BCMは10億立方メートル)から2024年に27.1BCMに増加した。天然ガス産業は政府にとって貴重な財政収入源となっている。2024年のガス関連収入は前年同期比でプラス11%増え、6億7000万ドルを記録した。ガス確認埋蔵量は2020年末時点で推定600BCMであり、ガス資源の可採年数(R/P)は約40年であることから、イスラエルは今後も産ガス国としての大きなポテンシャルを持っている。
天然ガス生産の増加は、イスラエルの電力の安定供給に大きく貢献している。イスラエルの電源構成は2012年まで石炭火力や石油火力が中心であったが、その後は発電用向けのガス生産量が増加したことで、ガス火力由来の発電量が大幅に増えた。2023年時、発電比率に占めるガス火力発電の割合は約7割に達した(図表1)。
図表1 イスラエルの電源別発電量の推移
(出所)国際エネルギー機関(IEA)をもとに作成
3. エジプトや欧州にとってのイスラエル産ガス
イスラエルでのガス田開発は、エジプトや欧州にとっても重要な意味を持つ。エジプトは2020年よりイスラエル産ガスを、東地中海ガスパイプライン(EMG)経由で輸入している。EMGは、イスラエル南部の町アシュケロンとエジプト・シナイ半島の町アリーシュを結ぶ海底パイプラインである。エジプトはイスラエルからパイプライン経由でガスを輸入する以前、主にカタルから液化天然ガス(LNG)を調達していた。2015年にガス需要の高まりを受け、アイン・スフナ(Ayn Sukhna)港に2隻の浮体式LNG貯蔵・再ガス化設備(FSRU)を配備し、LNG輸入を開始した。その後、2017年にエジプト沖合の大規模ガス田「ゾフル・ガス田」での生産が始まり、ガス自給率が向上したことから、エジプトは2019年にLNG輸入を停止した。ただ、エジプトは国内でのガス生産量が増加したものの、2020年からイスラエルからのガス輸入を開始し、ガス調達での対イスラエル依存度が年々強まっている。エジプトのイスラエル産ガスの輸入量は2023年時点でガス消費量の14.3%に達した(図表2)
エジプトがイスラエル産ガス輸入を継続する理由は、(1)一般的にパイプライン経由のガス輸入の方がLNG輸入より安価であるため、(2)イスラエル産ガスを輸入することでエジプトからのLNG輸出を拡大できるため、である。まず、LNG輸入費用には天然ガスの液化費やLNG船での輸送費が含まれる一方、パイプラインは気体のままガスを輸送できる利点から液化・輸送コストを抑えられる。このため、イスラエル産ガスをパイプライン経由で輸入することはエジプトにとって経済的メリットになる。次に、東地中海沿岸で唯一のLNG生産施設を持つエジプトは、2022年6月にイスラエル及び欧州連合(EU)との覚書にもとづき、輸入したイスラエル産ガスをエジプトで液化した後、欧州諸国に輸出している。また、エジプトはイスラエル産ガスを国内市場に投入し、自国で生産されたガスの余剰分をLNG輸出にまわすことで、ガス輸出量の維持・拡大が可能となっている。欧州が2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻を機に、エネルギー面でのロシア依存の脱却を試みる中、地中海を挟んで隣接するエジプトはガスの代替調達先の1つとして期待された。エジプトの対欧州ガス輸出量は2022年に6.6BCMを記録し、主な輸出先はトルコやスペイン、フランス、イタリアであった。このように、イスラエルのエジプト向けガス輸出はロシア産ガスの輸入を控える欧州諸国のガス調達にも寄与している。
図表2 エジプトのガス生産量・消費量・輸出量とイスラエル産ガスの輸入量
(出所)エネルギー研究所及びイスラエル・エネルギー省をもとに作成
4. ガザ危機下で揺れるイスラエルの天然ガス産業
ガザ危機の天然ガス産業への影響については、ガス生産・輸送活動が一時的に停止したが、現時点で大きな混乱は生じていない。2023年10月の戦闘発生の直後、米国企業のシェブロンは安全性に関する懸念を理由に、タマル・ガス田での生産と、イスラエル・エジプト間のEMGの操業を約1カ月間停止した。この影響を受け、2023年のタマル・ガス田とリバイアサン・ガス田でのガス生産量は前年時より減少した。一方、カリシュ・ガス田の生産量が前年の0.3BCMから4.4BCMに大幅に増えたことで、イスラエル全体のガス生産量は減少しなかった(図表3)。
図表3 イスラエルの各ガス田の生産量
(出所)イスラエル・エネルギー省をもとに作成
カリシュ・ガス田で追加生産された天然ガスはイスラエル国内に供給されたことで、タマル・ガス田とリバイアサン・ガス田で生産された天然ガスは引き続きエジプトとヨルダンに輸出された。これにより、イスラエルのエジプト及びヨルダン向けのガス輸出量はガザ危機下でも増加傾向にあり、2022年の9.2BCMから、2023年に11.5BCM、2024年には13.2BCMに増加した(図表4)。
図表4 イスラエルのガス生産量と対ヨルダン及びエジプト・ガス輸出量
(出所)イスラエル・エネルギー省をもとに作成
ガザ危機下でもガス生産量が増えているものの、イスラエルのガス施設の安全性が脅かされる攻撃が起きている。2023年12月、イランと連携するイラクのシーア派民兵「イラク・イスラーム抵抗運動」がカリシュ・ガス田への無人機攻撃を試みた。実害は生じなかったものの、カリシュ・ガス田は2022年7月にもレバノンのヒズブッラーから海上攻撃を受けたことがあり、「抵抗の枢軸」勢力による攻撃対象となっている。カリシュ・ガス田への無人機攻撃が再び起き、操業が中断に追い込まれる事態となれば、イスラエルのガス生産量・輸出量が大きく減少する可能性がある。
また、2024年10月1日に起きたイランによるイスラエル本土への攻撃は、今後のガス田開発を妨げる要因となった。ガス施設に対する安全上の懸念が高まったことを受け、シェブロンとイスラエル企業のニューメッド・エナジー及びレシオ・エナジーズの3社は、リバイアサン・ガス田拡張事業を6カ月中断すると発表した。同拡張事業では、リバイアサン・ガス田の生産量を現在の年間12BCMから21BCMに増加させ、輸出能力を拡大させる計画である。10月1日にイランがイスラエルに弾道ミサイルを用いて攻撃を実施した後、シェブロンは予防措置として、リバイアサン及びタマル両ガス田の生産を一時的に停止した。翌2日に生産活動が再開されたものの、イランがイスラエルの軍施設を正確に射止めたことや、イスラエルのミサイル防衛システムによる迎撃が不十分であったことは、ガス田事業継続にとって不安要素となった。この先、イスラエル・イラン間での交戦が再び起きれば、ガス田の拡張計画や新規開発計画が更に遅延する可能性がある。
5. ガザ危機とイスラエルの石油調達
自給自足が可能な天然ガスとは対照的に、イスラエルはほぼ全ての石油を海外から調達しているため、石油の安定確保を優先課題として捉えている。イスラエルの一次エネルギー供給量に占める石油の割合は約5割にのぼる。2013~2023年の期間、天然ガスの比率が20%から35%に上昇しても、石油のシェアはほとんど変化していない(図表5)。この点から、イスラエルのエネルギー供給において石油は重要な役割を担っていると言える。
図表5 イスラエルの一次エネルギー供給の構成
(出所)イスラエル統計局をもとに作成
ガザ危機において、イランがイスラエルの石油調達を妨害しようとする動きを見せた。イランは2023年10月にイスラーム協力機構(OIC)加盟国に対し、イスラエルに対する石油禁輸を取るよう呼びかけた。しかし、他の産油国はイランの提案に同調しなかったため、イランが目指した対イスラエル石油禁輸措置は実行されなかった。
また、イスラエルはガザ危機に先行し、イランの影響下にあるイラクからの原油調達の代替先を確保していたことが、石油供給の途絶を回避する上で功を奏した。イラクでは、クルディスタン地域政府(KRG)がバグダードの連邦政府とは別に、北部支配地域で独自に石油開発に取り組んできた。2013年にイラク・トルコ間の石油パイプラインが接続され、2014年5月にKRG支配地域のキルクーク(Kirkuk)油田からトルコ南東のジェイハン(Cheyhan)港に向けた原油輸出が開始された。同地域の産油量は2017~2022年の期間、約40万~50万バーレル/日(bpd)で推移し、主要輸出先はイスラエルや欧州諸国、中国であった。しかし2023年5月、トルコがバグダードの連邦政府の承認なしにKRG支配領域から石油を輸送したことに対し、国際仲裁裁判所がトルコにイラクへの損害賠償を命じた。これを受け、イラク・トルコ間の石油パイプラインの操業が停止し、以後KRG支配地域から石油輸出が困難となった結果、イラクからイスラエルの原油供給も途絶えた。
イスラエルへの主要な原油供給国は、カザフスタンとアゼルバイジャンである。S&P Globalのデータによれば、2023年1~10月の期間、両国の原油供給はイスラエルの原油輸入量の過半数を占めた。その他の原油輸入元はエジプトや西アフリカ諸国(ガボンやナイジェリア)であり、またインドや米国から石油製品が輸入された(2)。
イスラエルの石油調達において、特にアゼルバイジャンとの協力が重要となる。イスラエルはアゼルバイジャン産原油を、同国首都バクー(Baku)からジョージアの首都トビリシ(Tbilisi)経由で、トルコ南東部の港町ジェイハン(Cheyhan)に通じるBTCパイプライン経由で輸入している。また、このBTCパイプラインは、カザフスタン産原油の輸入時にも利用される。カザフスタンはテンギス(Tengiz)油田で生産された原油を、CPC(Caspian Pipeline Consortium)パイプラインでロシア領の黒海沿岸のノヴォロシイスク(Novorossiysk)港まで送った後、トルコのサムスン(Samsun)港までタンカー輸送し、陸路でジェイハン港まで運んでいる。だが、同経路は輸送コストや輸送日数を要することから、カザフスタンは自国産原油をカスピ海対岸のバクーにタンカー輸送し、BTCパイプライン経由でジェイハンまで輸送するルートも活用している。このように、BTCパイプラインはアゼルバイジャン産原油やカザフスタン産原油の運搬にも利用される点から、イスラエルの石油調達上の生命線である。
図表6 アゼルバイジャン及びカザフスタンからイスラエルへの原油輸出ルート
(出所)各種報道をもとに筆者作成
6. 展望:イスラエルとアゼルバイジャンのエネルギー協力
イスラエル・アゼルバイジャン関係は、原油供給を軸とした強固な結びつきに加え、軍事・安全保障上でも緊密である。イスラエルがアゼルバイジャンに武器を輸出しており、とりわけ2020年の第二次ナゴルノ・カラバフ紛争の際にもドローン兵器を供与し、アゼルバイジャンを軍事的に支援した。
こうした両国の蜜月関係に基づき、アゼルバイジャンはイスラエルのガス田開発でも重要な役割を担うと予想される。アゼルバイジャン国営石油会社(SOCAR)は2025年1月、イスラエル人実業家が所有するユニオン・エナジーからタマル・ガス田の事業株式10%を取得し、イスラエルの天然ガス産業に参入した。同年3月、ニューメッド・エナジー、SOCAR、英国のBPの3社は新規ガス田開発に向け、リバイアサン・ガス田の北部に位置する海域(Zone1鉱区)で、今後3年にわたって地質調査を実施する協定を締結した。アゼルバイジャンは自国でもガス田開発を行い、開発の技術・知識を長年蓄積してきたことから、それらを最大限活用することで、イスラエルのガス田開発でも成功する可能性がある。新規ガス田の開発によりガス生産量が大幅に増加すれば、イスラエルはガス供給国としての地位を更に向上させることが可能となり、イスラエルとアゼルバイジャンのエネルギー関係はより強固となる。
著者略歴
高橋 雅英(たかはし まさひで)
公益財団法人公益財団法人中東調査会主任研究員。青山学院大学国際政治経済学研究科国際経済学専攻修士課程修了。2023年4月より現職。主な論文に、「UAE の対アフリカ関与の展開」(『中東研究』第552号、2025年1月)。
※『MEIJコメンタリー』 は、「中東ユーラシアにおける日本外交の役割」事業の一環で開設されたもので、中東調査会研究員および研究会外部委員が、中東地域秩序の再編と大国主導の連結性戦略について考察し、時事情勢の解説をタイムリーに配信してゆくものです。
以上
(1) Sujata Ashwarya. Israel's Mediterranean Gas: Domestic Governance, Economic Impact, and Strategic Implications. Oxford: Routledge, 2019, p.32.
(2) “OPEC plays down Iran's call for oil embargo on Israel after hospital blast,” S&P Global、October 18, 2023.