調査研究 政策提言

2023年度外交・安全保障事業

  • コメンタリー
  • 公開日:2024/05/07

「新時代の中国の特色ある大国外交」における中東ユーラシアと 「一帯一路」に対する国際南北輸送回廊(INSTC)

MEIJコメンタリーNo.6

駒澤大学法学部教授 三船恵美

はじめに

 地域秩序再編のなか[1]で、中東を含むアジアから欧州に至る地域(本研究会では「中東ユーラシア」と呼ぶ)において、近年、中国がプレゼンスを拡大させている[2]。とは言え、中東の安全保障に決定的な影響を及ぼせる力は、中国にはまだない。2023年10月以降のガザの衝突を前に、中東における外交の限界が突きつけられている。中東側が中国に期待するプレゼンスは、地域安全保障の「仲介者」[3]としてではなく、中東側がアメリカへプレッシャーを与える外交手段のうちの1つとしての役割にあると考えられるであろう[4]

 本稿は、こうした情勢下で、中東ユーラシアにおける地域秩序再編と大国主導の連結性戦略の構図を検討し、中国の中東への関与の変化を、現代の中国外交を専門とする日本人研究者の視角から読み解こうと試みるものである。

 本稿は以下の構成で論じていく。まず第Ⅰ節で、「新時代の中国の特色ある大国外交」を説明したうえで、従来からの「途上国」と地政学的に位置づけられた「グローバル・サウス」の中国にとっての含意について解説する。第Ⅱ節では、地域秩序再編における中東ユーラシアの位置づけについて解説する。続いて第Ⅲ節で、「一帯一路」と国際南北輸送回廊(INSTC)を中国がどう見ているのか、「一帯一路」において中東ユーラシアをどう見ているのか、について論じる。最後の第Ⅳ節で総括し、日本外交への提言を記す。

 

Ⅰ 「新時代の中国の特色ある大国外交」における「途上国」と「グローバル・サウス」の含意

 中国外交には特殊なことばが多い。まず、中国外交の中東ユーラシア戦略の中軸にある重要語句を確認しておこう。

 

(1)中国の中東外交の中軸にあるもの

 習近平政権3期目の中共中央外事工作会議が2023年12月27~28日に開催された。その席で、習近平は「新時代の中国の特色ある大国外交に新局面を切り拓く必要がある」「世界の発展方向に関わる重大な問題において、団結して世界の大多数を勝ち取る必要がある」と訴えた[5]。この「新時代」「大国外交」における中東の位置づけは、米中競争時代において重要なものになってきている。

 その背景には、西側に対する中国の警戒がある。中国は西側の「デリスキング」について、レトリックを変えただけの「デカップリング」でしかないと認識している[6]

 「新時代」の含意については、2017年の党大会で習近平が、「新時代」について「中国が世界の大国になったことを意味する」と説明している。「中国が世界の舞台の中心に立ち、人類に大きな貢献をする時が来た」と習近平が述べているように、「中国がグローバルな大国となり、世界の舞台の中心に立つ時代」を意味している。

 「大国外交」とは、単に米ロ欧の主要大国に対する外交を意味しているわけではない。中国外交官の教本によれば、大国は「世界に影響力を及ぼす国」として説明されており、「大国外交」は「中国が大国として振る舞う外交」を意味している[7]

 「中国の特色ある大国外交」には、実に多くの意味があるが、これまで習近平や王毅が公表してきた内容を絞り込むと、以下3点を挙げられる。①中共による指導を堅持し、中国が選択した社会制度と発展路線について理解し賛同する国々や人々が増えるように努力すること。②「新型国際関係」と「人類運命共同体」構築に向けて努力すること。③途上国としての中国の位置づけに立脚して中国の国内発展のための良好な外部環境を作るために努力すること。

 すなわち、「新時代の中国の特色ある大国外交」とは、「中国が世界の舞台の中心に立つ時代」に、「世界2位の経済大国である中国」が、あくまでも「途上国」としての位置づけに立脚して「お友達圏=ネットワーク」を築き、中国にとって良好な外部環境を作る外交である。これが中国外交の中東ユーラシア戦略の中軸にある。

 

(2)「新時代の中国の特色ある大国外交」における「グローバル・サウス」と中東の含意

 このような含意がある「新時代の中国の特色ある大国外交」によって「新局面を切り拓く必要がある」と訴えた習近平は、「団結して世界の大多数を勝ち取る必要がある」と指示を下している。そこで重要になってくるのが、中国にとっての「途上国」「グローバル・サウス(全球南方)」における中東の含意である[8]

 中国を含む「アジア太平洋」ということばと、中国を地政学的に位置づける「インド太平洋」ということば、これら2つのことばが慎重に使い分けられているのと同様に、「グローバル・サウス」も中国を地政学的に位置づけることばとして西側政府が使うようになったことで、「途上国」と「グローバル・サウス」が慎重に論じられるようになっている。中国が西側のグローバル・サウス外交に警戒するようになったのは、2023年1月の「グローバル・サウスの声サミット」や2023年5月の広島G7サミットなど、インドや日本が中国を念頭に地政学的な意味づけをするようになったからである[9]。さらに、6月8日にアメリカ上院外交委員会が中国の途上国としての地位を剥奪する法案を全会一致で可決すると、中国の主要メディアは、日米がグローバル・サウスの概念を地政学的なゲームに引き込み陣営強化の道具としている、と西側のグローバル・サウス外交に対して強く反発した。

 論調に変化が見られたのは夏頃である。2023年7月25日に南アフリカ・ヨハネスブルグで開催されたBRICS国家安全保障担当上級代表フレンズ会合に出席した王毅・中共中央政治局委員・中央外事工作委員会弁公室主任が、「中国はグローバル・サウスの当然のメンバー」「中国は永遠に発展途上国の大家族の一員」とまで発言した。

 こうして中国は、中国を途上国・全球南方に位置づけ、グローバル・サウス外交の攻勢に出ている。その手段の1つが以下で述べる中東の主要国との関係強化である。

 

Ⅱ.中国主導の連結性戦略と地域秩序再編における「中東ユーラシア」

(1)中国の対中東戦略:「1+2+3」協力枠組み

 2013年に世界最大の原油輸入国となった中国の対中東戦略の基軸は、習近平が2014年6月に提唱して以来、「1+2+3」協力枠組み[10]にある。

 「1+2+3協力枠組み」とは、従来からのエネルギー協力を「主軸」(=1)とし、インフラ整備や貿易と投資の円滑化を「両翼」(=2)とし、原子力、宇宙開発、新エネルギーの三大ハイテク分野を「突破口」(=3)にするという協力枠組みである。

 中国と中東の「1+2+3」協力枠組みは、中国側や中東側からすれば、決して新しい内容ではない。しかし、グローバルな政治に影響を及ぼす中国と中東の関係深化を考える際には、改めてこの枠組みの含意を中東ユーラシアの地域秩序再編のなかで確認しておく必要があるであろう。

 注目すべきは、インフラ建設や貿易ではない。「3=突破口」に位置づけられている原子力、宇宙開発、新エネルギーの3大ハイテク分野における協力とコネクティビティの深化である。「1+2+3」協力枠組みで習近平が提唱したとおりに、中国とアラブ諸国は、実務協力のレベルを引き上げ、「中国・アラブ諸国技術移転センター」を設立し、「アラブ原子力平和利用」を共同で進め、アラブ諸国における中国の衛星測位システム「北斗」を展開していることにある。

 

(2)第4~5列島線にある中東ユーラシア

 中東という地域を中国はどのように位置づけているのであろうか。軍民両用の「線」の構築から考えてみよう。

 世界各地の主要シーレーンにおいて、外洋における海洋権益の確保を重視する中国が、港湾建設や港湾運営権取得を推進して、商業目的のみならず、軍事的な用途での使用をねらっていることがアメリカの軍やシンクタンクの報告書で指摘されてきた。

 中国の防衛ラインである第1列島線と第2列島線に加えて、近年では、米豪日などの研究者やメディアの一部では、第3列島から第5列島線についての言及が散見されている。第3列島線とは、ハワイの南からニュージーランドに至る防衛ラインである[11]。第4列島線は、パキスタンのグワダルからスリランカのハンバントータ、モルディブへ南下したラインである。第5列島線は、アフリカのジブチから南アフリカに至るラインである。これら第4列島線から第5列島線にかけた地域が中東ユーラシア地域である[12]

 商業用港湾への出資で言えば、中国はエジプト、サウジ、UAE、イラク、オマーン、イスラエルなどに港湾利権を点在させている。2021年秋には、中国がUAEのハリファ港で極秘の軍事施設を建設している最中、アメリカがUAEに外交的な圧力をかけてUAEでの中国の工事が中止されたこともあった。2023年にアメリカのThe Washington Post紙が報道したように、中国は2030年までに国外で5箇所以上の軍事基地、10箇所以上の支援拠点を設けようとしていると報じられている[13]。第4列島線から第5列島線にかけた地域では、アラブ首長国連邦、パキスタン、スリランカが挙げられていた。上記3カ国は、中国が海外で軍事施設を設けようとしている「可能性のある国」として、近年の米国防総省による公開報告書においてもたびたび指摘されている。

 なお、世界銀行の国際債務統計データによれば、パキスタンとスリランカの対中国負債総額は、「一帯一路」の最大債務国であるパキスタンが同国の国家予算の約6割、3番目の債務国であるスリランカが同国の国家予算のほぼ同額となっている。

 

(3)中東諸国を取り込むことによるBRICS・SCOの機能拡大の意味と米中競争

 次に、中国にとっての中東地域を、拡大周辺外交の「面」から考えてみよう。

 中国の勢力圏拡大構想である「一帯一路」、新興国と途上国の協力のプラットフォームである「BRICS」、地域安全保障機構である「上海協力機構(SCO)」などで中国と中東諸国との関係を強化している。

 ロシアによるウクライナ戦争から1年半経った第15回BRICS首脳会議の「ヨハネス宣言」は、①機構拡大、②脱ドル、の2点が支柱であった。「脱ドル」を推進するには、中東の主要産油国を引き込む必要がある。中国がSCOとBRICSの「機能拡大」において重要な中東の主要産油国を引き込むことで、世界貿易におけるドル依存度を減らし、人民元決済を増やし、西側の政策によって中国とロシアが貿易決済金が凍結されるのを回避し、BRICS間の「コルレスバンク(中継銀行)ネットワーク」やBRICS間の金融セーフティネットとしての「BRICS緊急時外貨準備基金(CRA)」を拡充・強化しようとしている。

 中国とロシアは、米ドルへの依存度が低く欧米からの制裁の影響を受けにくい世界金融の代替システムを構築したいと考え、BRICSやSCOのメンバーやパートナー国に中東ユーラシア地域の諸国を組み込み、BRICSとSCOの機能を拡大しようとしている。

 BRICSは、2023年までブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカの5カ国から構成されていたが、2023年8月24日に南アフリカのヨハネスブルクで開催されていた第15回BRICS首脳会議(8月22~24日開催)が、2024年からアルゼンチン、エジプト、エチオピア、イラン、サウジアラビア、UAEの6カ国がBRICSに新規加盟することを発表した(※ 反米左派のアルベルト・フェルナンデス政権期にBRICS加盟を決めていたアルゼンチンは、秋の選挙でハビエル・ミレイ氏が勝利し、就任後のミレイ大統領がBRICSに参加しないことを2023年12月29日に公表した)。

 サウジアラビアは、2024年1月1日にサウジアラビアの国営テレビがBRICS加盟を報じていたが、2024年1月16日にダボス会議に出席中のマジッド・ビン・アブドゥッラー・アール・カサビ商業相が「サウジはBRICSに招待されているが、まだ加盟していない」と語っている。2024年4月現在、サウジはBRICSに未加盟のままである。アメリカのバイデン政権は、公式にはサウジアラビアへの圧力を表明していない。しかし、2023年10月以降中断していたサウジアラビアとアメリカの防衛協力強化にむけた協議が2024年1月初頭にサウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子とアメリカの両党上院議員らとの間で再開しており、サウジアラビアのBRICS参加にアメリカから圧力がかけられたことがうかがえる。サルマン皇太子は2024年1月7日にアメリカ共和党重鎮のリンジー・グレアム上院議員(サウスカロライナ州選出)と会談し、サウジアラビアとアメリカの関係、国際情勢、地域情勢、共通の関心事項などについて意見交換を行っている[14]。リンジー・グレアム上院議員のそれまでの発言[15]から、サウジアラビアが進めているイスラエルとの和平交渉やアメリカ・サウジアラビア防衛条約の追求とサウジのBRICS加盟が矛盾している点など、サウジアラビアのBRICS加盟がアメリカとの関係に影響を及ぼすであろう可能性について、サルマン皇太子と話し合ったのではなかろうか。

 一方、SCOについては、2023年、イランが正式に加盟し、クウェート、モルディブ、ミャンマー、UAEなどが対話パートナーとしての地位付与に関する覚え書きに署名した。バーレーンとも協議を進めた。従来、SCOは、「3つの勢力(民族分裂勢力、宗教極端勢力、テロ勢力)」へ対応するための周辺安全保障機構であった。そのSCOが、2023年の首脳会議において、「SCOの活動の整備」と「脅威・挑戦に対応するメカニズムの整備」という2つの重要な決定を行っている。この決定における「脅威」は 「3つの勢力」と「カラー革命」であるが、「挑戦」とはアメリカからの攻勢に他ならない。つまり、ここでいう「脅威・挑戦に対応するメカニズムの整備」には、中国西部の安全保障対策やデジタル人民元圏経済圏の拡大というねらいがあることがうかがえよう。

 人民元取引の拡大のねらいは、米ドル覇権への挑戦だけとは言えない。人民元決済システム(CIPS)が国際銀行間通信協会(SWIFT)に代替できる範囲は限定的であるが、SWIFTにおいて人民元のシェアは2021年に日本円を抜いており、「一帯一路」沿線の新興市場国では通貨の多様性が推進されている。マネー・フローの問題であろう。これまでSWIFTに依存してきた送金情報の伝達手段にCIPSの勢力圏が広がれば、「3つの勢力」と「カラー革命」への対応策としてのそれらの送金情報の入手にも繋げることができる。

 

(4)中国の経済鈍化と脱炭素化が中東に及ぼす影響

 中東の地域秩序再編を分析するにあたり、中国からの影響は重要なファクターの一つとなっていく。中国経済の失速とグローバルな脱炭素の動向が化石燃料需要を下振れさせていくからである。

 2023年秋にIEAが公表した報告書は、中国のGDP成長率が2030 年まで年平均 4% 弱となれば、総エネルギー需要が2020年代半ば頃にピークとなり、クリーンエネルギーの堅調な拡大で化石燃料全体の需要と排出量が減少し、中国の短期的成長が1%鈍化する場合に、2030 年の石炭需要が過去の石炭需要とほぼ同じ量が減少し、石油輸入量は5%、LNG輸入量は20%以上減少し、世界のエネルギーバランスに大きな影響が及ぶと予測している。また、過去10年、中国の原油需要の増加は世界のほぼ3分の2、天然ガスについては3分の1、石炭については大半を占めていたが、中国の高成長は終わりつつあり、中国の経済成長が鈍化する中、エネルギー需要も鈍化していくと予想している[16]。2024年3月に開催された中国の全国人民代表大会では、2024年の実質GDP成長率目標が「5%前後」とされた。しかし、世界中のエコノミストは、「5%前後」を難しい数字と見ている。

 こうした動向は、中国側が中東の産油国側へ「1+2+3協力枠組み」を求めるだけでなく、中東の産油国側も中国側へ「1+2+3協力枠組み」を求める必要性を生み出している。中国における経済成長の減速と脱炭素化の加速は、中国と中東の関係構造に大きな影響を及ぼし始めている。脱炭素とデジタルトランスフォーメーション(DX)の2つのメガトレンドは、それぞれ個別の取り組み課題ではない。脱炭素とDXは表裏一体の相互関係にあり、それは米中競争時代の安全保障の課題に深刻な影響を及ぼしてくることになる。

 

Ⅲ.「一帯一路」と国際南北輸送回廊(INSTC

 過去20年間に大きな進展を見せてこなかったINSTCが、近年のロシアやイランの置かれた環境の変化を要因として徐々に動き始めている[17]。ウクライナ戦争の長期化で、INSTCの存在が日米のメディアで取り上げられている(中国のメディア、学術誌、外交誌では、2024年春時点では、INSCTについてほとんど関心がないように見受けられる)。

 中国はINSTCをどうみなしているのであろうか。

 中国は、他国が「一帯一路」構想に沿って建設した接続プロジェクトを「一帯一路」を補完するもの、利用できるものとして見ている。とは言え、INSTCについては、インド側が「一帯一路」への地政学的な対抗策としてINSTCを位置づけていることにも注意を払っている。特に、「一帯一路」の「中国・パキスタン経済回廊(CPEC)」に対するヘッジとしてインドがINSTCを位置づけている、との見方が中国にはある。こうした地政学的な見方は、インド側にもある。例えば、世界的に著名なジャガナート・パンダ博士は、INSTCがパキスタンを迂回してデリーに中央アジアとアフガニスタンへのアクセスを提供し、「一帯一路」のCPECに対するインドの有効な対抗策となることから、INSTCにインドの戦略的な重要性があることを指摘している[18]。CPECはインドとパキスタンの双方が領有権を主張しているカシミール地方のパキスタン支配部分を経由する構想であるため、中国側がインドにもCPECへの参加を呼びかけているものの、インド側はCPECがインドの主権と領土保全を侵害していると批判してきており、CPECがパキスタン支配下のカシミール地方を経由する限りインドはCPECに参加することはできない、と訴えてきている。

 中国には、こうしたインドの姿勢を含めてINSTCを見ている。インドのナレンドラ・モディ首相が2023年の第23回SCO首脳理事会で、イランのINSTC参加はチャーバハール輸送回廊のようなインフラプロジェクトの実施に役立つと訴えるなど、インドがINSTCにチャーバハール港を含めるように積極的に働きかけていることについて、中国の人民日報系メディア『環球時報』などは、インドがパキスタン主導の陸路を迂回して海上で中国を"迎撃"しようとしている、と報じている[19]

 中国の南アジアの著名な専門家である龍興春氏は、インドのINSTC建設には「一帯一路」に対抗するという主観的な意図があり、インド側は「一帯一路」と同調したくないと認識している。 しかし、龍興春氏は、イラン、ロシア、中央アジア諸国が中国と協力することを望んでいること見ており、インドが「一帯一路」のCPECとINSTCとを接続させないという目標を達成することは難しいであろうと指摘している[20]

 また、中国側からすれば、中国の巨額マネーが支えている「一帯一路」とは異なり、INSTC加盟国が資金の大半を提供しているINSTCプロジェクトは持続可能性から言っても「一帯一路」に匹敵するものにはならないであろうとも見ている。

 さらに、2018年以降のINSTCが直面する状況[21]を考えれば、INSTCには多くの制約がある。例えば、中国の国際問題研究院ユーラシア研究所の康杰研究員は、ロシアとグルジアの関係に影響されるグルジア・アルメニア間の支線、資金難のアルメニア・イラン間の鉄道新設、アメリカのイラン制裁の影響を受けるイラン・アゼルバイジャン間の鉄道やチャーバハール港の制約、アゼルバイジャンとアルメニアによる南コーカサス情勢の脆弱性、最終的に解決していないカスピ海の地位と主権分立の問題など、INSTCの地政学的リスクを指摘している[22]

 とは言え、INSCTメンバー間におけるロシアの発言力と影響力を考えれば、インドがCPECを警戒しているほど、中国側はINSTCを警戒していないし、警戒する必要もない。ウクライナ問題が長期化するならば、いずれは、INSCTと「一帯一路」が接続することになるであろう。

 

Ⅳ.おわりに:日本外交への提言

 以上の点を踏まえて、日本外交へ以下2点を提言する。

 

① グローバル・サウス外交におけるインドの過大評価の見直し

 2023年10月7日以降のイスラエルとハマスの衝突が短期に解決できず、中東情勢が緊迫する現在だからこそ、西側がグローバル・サウスのリーダーとして担ぐ神輿は、インドの一択に絞るべきではない。

 2023年10月以来のイスラエル・パレスチナのガザ衝突直後、インドのモディ政権はイスラエル支持を表明した。インドの与党・人民党(BJP)が掲げるヒンドゥー至上主義は、インドの行動を制約している。中東ユーラシアをはじめとする世界の平和と安全に関わる重要問題において、グローバル・サウス外交で担ぐ神輿は「ヒンドゥー至上主義のインド」の一択でよいのであろうか。否であろう。

 また、インド外交は日和見主義である。インドはアメリカに接近する一方で、ウクライナ問題をめぐり西側に立ってこなかった。こうしたインド外交を踏まえ、インドは依然として東側と西側の両方でプレーすることを望んでおり、アメリカと一定の距離を保つことになる、と中国は見做している。

 グローバル・サウスのリーダーとして担ぐ神輿には、インドだけでなく、アラブ圏・キリスト教圏・アジア圏の3~4カ国のミドルパワーを神輿に挙げて、日本や西側としてのグローバル・サウス外交を展開していっていただきたい。

 

② 「INSTC沿線国」「一帯一路の債務の罠」を踏まえた日本の開発援助事業の再検討

 海洋強国を目指す中国の商業港の拠点展開は、軍民両用に使われる可能性がある。また、ロシアにとって西側からの制裁が及ばない南方ルートとしてのINSTCの意義が大きくなっている。それを踏まえて、南アジアやコーカサス(特にアゼルバイジャン)における経済援助を含めて、日本外交を再検討する必要があるのではなかろうか。

 日本の一部のメディアには中国の「債務の罠」について「一帯一路」の失敗と指摘する声があるものの、冷静に考えれば、債務国の権益を取り上げる中国側からすると「債務の罠」は「中国による戦術の成功」と言えるのではなかろうか。

 日本の開発援助政策における原則や西側の価値観と、中国が照準に定めた要所を照らし合わせ、それらへの助けにならないように、日本からのODAの再検討が必要であろう。また、米中競争時代の西側vs.中露の綱引きを念頭に、ODAプロジェクトでは、再エネ・気候変動のプロジェクトよりも、現地の雇用に繋がり日本の政策支持者を増やすような事業や「デジタル影響工作」への対応を優先すべきであろう。脱炭素事業は、結局は、中国側を利するだけになる。

 

 

著者略歴

三船 恵美(みふね えみ)

駒澤大学法学部教授。日本国際フォーラム上席研究員。平和・安全保障研究所研究委員。専門は現代中国の外交・国際関係論。早稲田大学第一文学部卒。ボストン大学院(MA in IR)。学習院大学大学院政治学研究科博士後期課程単位取得満期退学。博士(政治学、学習院大学)。日本学術振興会特別研究員(DC2)、中部大学国際関係学部専任講師、同助教授、駒澤大学法学部助教授、同准教授を経て現職。単著に『中国外交戦略 その根底にあるもの』(講談社選書メチエ、2016年)、『米中覇権競争と日本』(勁草書房、2021年)など。共著に『中国外交史』(東京大学出版会、2017年)、『ユーラシア・ダイナミズムと日本』(中央公論新社、2022年)など。

 

※『MEIJコメンタリー』 は、「中東ユーラシアにおける日本外交の役割」事業の一環で開設されたもので、中東調査会研究員および研究会外部委員が、中東地域秩序の再編と大国主導の連結性戦略について考察し、時事情勢の解説をタイムリーに配信してゆくものです。

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  • [1] 2021年のアフガン政変と2022年以降のウクライナ戦争によるユーラシアにおける地政学的変化については、三船恵美「ユーラシアの地政学的変化と中国」渡邊啓貴監修/日本国際フォーラム編『ユーラシア・ダイナミズムと日本』中央公論新社、2022年、を参照されたい。ウクライナ侵攻以降の中露関係の深化については、三船恵美「ロシアは中国に従属を強いられ始めているのか?」日本国際問題研究所『国際問題』2024年2月、44~53頁、を参照されたい。一部のメディアが報じるような中露関係の逆転や従属論を否定し、従属と依存深化を明確に区別して、中露関係を深化させる中国側の合理性を論じている。ユーラシアにおける米中勢力圏競争については、以下などで論じている。三船恵美「勢力圏からアメリカを排し世界の中央をめざす中国(特集:戦争が変える世界秩序)」『中央公論』2023年9月号(2023年8月)、50~57頁。
  • [2] アメリカの関与削減が中東にもたらした中国プレゼンスの増大について、三船恵美「中東における米中の大国間競争」霞山会『東亜』2023年11月号、2023年11月、44~45頁、で論じている。
  • [3] ウクライナ戦争をめぐり中国が公平な仲介者になりえないことは、例えば、以下などで論じている。三船恵美「中国は停戦の仲介者ありうるのか」『外交』Vol.80(2023年7月)、75頁。三船恵美「習近平のロシア訪問とウクライナ12項目提案」『東亜』2023年5月号、52~53頁。
  • [4] 例えば、2022年12月の中国と中東の3つのサミット(中国・サウジアラビア・サミット、第1回中国・アラブ諸国サミット、第1回中国・湾岸協力会議サミット)を例に挙げられるであろう。2022年10月にサウジアラビア主導の「OPECプラス」が価格安定化のための日量減産を決め、アメリカとサウジアラビアが非難を応酬させた直後の同年12月7~10日、サウジアラビアは中国の習近平国家主席を国賓として招いた。習近平は中国・サウジサミット、第1回中国・アラブ諸国サミット、第1回中国・湾岸協力会議(GCC)サミットに出席した。これらは、中華人民共和国成立以降、中国がアラブ世界に向け展開した最大規模で最高レベルの外交活動であった。中国外交部はこれを「時代を画す一里塚的意義を持つとの認識で国内外の世論は一致している」と表現したほどであった。しかし、それまでの中国高官の対中東外交やイラクやオマーンとの協議を経たうえでのサウジ・イラン合意であったことを考えれば、中国が主導して仲介したと言うよりは、ムハンマド皇太子がアメリカへプレッシャーをかけるためにお膳立てをしたといえるのではなかろうか。実際に、2023年10月7日のガザ衝突まで、サウジアラビアとイランの合意がアメリカに与えた影響は、アメリカを仲介役としたイスラエルとサウジアラビアの国交正常化に向けた動きを進め、その後押しをするように、インド・サウジ・UAE・EUを結ぶ多国間鉄道・港湾構想「インド・中東・欧州経済回廊(IMEC)」を2023年9月に発表させるに至っていた。
  • [6] 三船恵美「米欧の「デリスキング」のレトリックに反撃しようとする中国」霞山会『東亜』2023年8月号、2023年8月、52~53頁。
  • [7] 中国の大国外交については、以下を参照されたい。三船恵美「大国外交と日本―中国の特色ある大国外交とは何か―」加茂具樹・渡辺真理子編『現代中国の政治』法律文化社、2024年刊行予定。
  • [8] 三船恵美「中国外交におけるグローバル・サウスと中東」中東調査会『中東研究』2023年度Vol. Ⅲ(2024年1月)、28~38頁。
  • [9] この点については、以下などを参照されたい。三船恵美「中国の『大国外交』と南アジア」国際貿易投資研究所『世界経済評論』2024年5・6月号、2024年4月。三船恵美「中国は『グローバル・サウスの大国インド』をどう見ているのか」日印協会『現代インド・フォーラム』2024年春季号、2024年4月。
  • [10] 习近平「弘扬丝路精神,深化中阿合作」『习近平谈治国理政』外文出版社、2014年、316~318頁。
  • [11] 大洋州の第2~3列島線の攻防については以下などを参照されたい。三船恵美「勢力圏競争における大洋州島嶼国の含意と中国リスク―パラオ、キリバス、ソロモンについての考察―」日本国際フォーラム外交・安全保障調査研究事業費補助金調査研究事業「中露の勢力圏構想の行方と日本の対応―中央アジア・コーカサス・大洋州・グローバルサウスの含意―」、2024年2月14日(https://www.jfir.or.jp/studygroup_article/10538/)。
  • [12] 中国とイランにはすでにイランのチャーバハールと「中国・パキスタン経済回廊(CPEC)」との接続構想がある。これらが接続されれば、中国は「一帯一路」沿線国のネットワークを、イランからアフガニスタン、トルクメニスタン、カザフスタン、そして、アゼルバイジャンからロシアやトルコへの接続へと、「線」のみならず「面」で広げることができる。2021年3月に中国とイランは25年間の包括的協定を締結しているが、同協定にはペルシャ湾のケシュム島をはじめとする「複数の都市」における自由貿易区の設立も含まれていた(三船恵美「中国の対中東政策」『国際問題』No.702(2021年8月)、48~53頁を参照されたい)。この文脈から、中国の第4列島線構想には、線だけではなく面の構想もあることがうかがえよう。2024年1月には、イランの革命防衛隊がパキスタン領内を空爆して死傷者が出たことで、パキスタンがイランのシスタンバルチェスタン州の武装勢力を標的に軍事報復に出ており、イスラエルとハマスの戦争は、中国の中東ユーラシアに対する政策を不安定なものにしている。とは言え、武力攻撃の翌日にイランはパキスタンとペルシャ湾とホルムズ海峡での合同海軍演習を発表している。イランとパキスタンの関係に、両国との友好国である中国がどのように介入していくのかを見ていく必要がある。
  • [13] 例えば、The Washington Postの2023年4月26日付、同年6月10日付など。
  • [15] 例えば、以下など。“Saudi Arabia Stumbles Over BRICS,” The Wall Street Journal, January 2, 2024.·
  • [17] 青木健太監修「中東におけるインドの存在感の増大:新たな地域枠組への「参入」と連結性強化に着目して」『中東協力センターニュース』2024年1月、28頁。
  • [19] 例えば、以下など。「【环时深度】国际南北运输走廊、印度想下一盘大棋?」环球网、2023年7月21日。
  • [20]「【环时深度】国际南北运输走廊、印度想下一盘大棋?」前掲。
  • [21] 2018年11月にアメリカ政府はイランの核開発に関する「共同包括行動計画(JCPOA)」に基づき解除していた対イラン経済制裁を全面的に再開したことを指す。

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