調査研究 政策提言

2023年度外交・安全保障事業

  • コメンタリー
  • 公開日:2024/04/11

「近くて遠い」中央アジアをどうつなげるか——インドの中央アジア政策と中東を介したコネクティビティ

MEIJコメンタリーNo.5

 岐阜女子大学南アジア研究センター 特別客員准教授 笠井亮平

はじめに

 近年経済成長が著しく人口も世界最大となったインドは、外交面でも急速に存在感を増している。日米豪とは二国間および「クアッド」で連携を深める一方、ロシアによるウクライナ侵攻以降もモスクワとの緊密な関係を維持していることが注目された。2023年にはG20の議長国を務めたほか、1月と11月の2度にわたり「グローバル・サウスの声サミット」を開催して途上国の「盟主」としての姿勢をアピールしたことも記憶に新しい。

 こうした中で、インドは「拡大近隣」(extended neighborhood)との関係強化にも注力している。これは、国境を接している隣国のさらに先に広がる地域を指すインド独特の地理的概念で、S.ジャイシャンカル外相によると、「インド洋の島嶼国、東南アジア、中央アジア、湾岸の国々」だとしている※1。この中で注目すべきは、中央アジアが含まれていることだろう。なぜなら、「アクト・イースト」政策の下で関係深化が著しい東南アジア、エネルギーや労働力のみならず近年は安全保障面でも連携を強化している湾岸諸国とは異なり、中央アジアはこれまでインド外交における位置づけがいまひとつ明確でなかったからである。

 インドにとって中央アジアは、「近い」地域である。たとえば、デリーからタジキスタンの首都ドゥシャンベまでは直線距離で約1350kmだが、これは、デリー〜コルカタ(約1470km)やデリー〜ベンガルール(約2150km)よりも近い。また、ムガル帝国初代皇帝バーブルが今日のウズベキスタン出身だったことでも示されているように、インドは中央アジアと歴史的・文化的なつながりを有している。他方で中央アジアは、後述するように地上でのアクセスが困難なため、「遠い」地域でもある。

 経済や戦略的な観点からインドは中央アジアへの関与を強化しているが、この「近くて遠い」ことがボトルネックになっている。そこで本稿では、最近のインドの対中央アジア政策を概観した上で、同地域とのコネクティビティ改善における取り組みについて、その現状と課題を明らかにしていく。

 

2010年後半以降の対中央アジア関与強化

 インドの対中央アジア関与の強化は、外交面で顕著に現れている。1991年のソ連崩壊によって中央アジア諸国が独立するとインドは各国と国交を樹立したが、テロ対策やアフガニスタン情勢への対応など一部の分野を除き、関係は限定的だった。2000年代後半、インド国民会議派主導政権期に「コネクト・セントラル・エイジア」なる対中央アジア関与強化策が提示されたものの、実効性には乏しく、実際に「コネクト」に向けた取り組みが進展したわけでもなかった。

 変化が見えてきたのは2010年代後半である。2014年5月に発足したインド人民党(BJP)のナレンドラ・モディ政権は、従来の全方位外交をいっそう積極的に推進した。また世界の多くの国のほうも、そうしたインドに対して関与を増大させていった。中央アジアも例外ではなく、二国間および複数国間(プルーリラテラル)で関係強化が見られた。

 モディ首相は2015年7月、ロシアのウファで開かれた第7回BRICSサミットの前後に中央アジア5か国すべてを訪問した。2004〜14年のマンモーハン・シン政権では、カザフスタンとウズベキスタン以外は一度も首相の訪問がなかったことを考えると、モディ政権のもとで中央アジア重視姿勢が示されたものと言える。また、インドは上海協力機構(SCO)に2005年からオブザーバーとして参加し、2017年には正式メンバーとして加盟した(いずれもパキスタンと同時)。

 さらにインドは2022年1月下旬に中央アジア5か国首脳を共和国記念日パレード※2の主賓として招き、その機会を捉えて第1回「インド・中央アジアサミット」を開催しようとした。しかしこのときは新型コロナウイルスのオミクロン株が拡大していた時期と重なったため訪問自体が取りやめとなってしまった。サミットのほうは1月27日にオンライン形式で開催され、今後は2年毎にサミットを開催するほか、閣僚レベルの会合も拡大していくことで一致した。

 

インドが中央アジアを重視する要因

 では、インドによるこうした中央アジアへの関与の背景にはいかなる要因があるのか。

 経済関係の強化はインドと各国の合意文書で言及されるが、現状を見るときわめて限定的なレベルと言わざるを得ない。2022/23年度のインドの貿易統計によれば、貿易総額でカザフスタンは6.4億ドル(98位)、ウズベキスタンは3.3億ドル(120位)、トルクメニスタンは1.9億ドル(132位)にとどまっている※3。ただし、インドはカザフスタンとの間に「原子力の平和利用に関する協力協定」を2011年に結んでおり、ウランを輸入している。2019年の時点でインドのウラン総輸入先に占めるカザフスタンの割合は80%であり※4、人口増と経済成長を支えるべく原子力発電を増加しようとしているインドにとっては不可欠のパートナーとなっている。

 地域の安全保障、より具体的に言えばテロ対策も中央アジアとの関係でインドが重視する点である。インドは中央アジアと直接国境を接しているわけではないが、パキスタンやアフガニスタンをはじめとする周辺国への影響、さらにはカシミールへの波及が念頭にあるものと考えられる。前述の「インド・中央アジアサミット」後に発出された「デリー宣言」には、「テロリズム」および「テロリスト」への言及が18回出てくることからも、重要課題として位置づけられていることがわかる。

 これと関連して、ターリバーン復活後のアフガニスタン情勢をめぐりインドは中央アジア諸国との連携を図ろうとしている。2022年12月には「インド・中央アジア国家安全保障担当補佐官会合」の第1回会合がデリーで開かれたが、そこでの主要議題もアフガニスタン情勢への対処だった。

 

コネクティビティ改善に向けた取り組み

 しかし、インドが中央アジアに陸上でアクセスしようとする際には、パキスタンという障害が立ちはだかっている※5。パキスタンとの関係が良好であれば「はじめに」で例示したような最短ルートに近い距離でインドと中央アジアをつなぐことも不可能ではないし、経済や人的往来も活発になるだろう。しかし、印パ両国は過去3度にわたって戦火を交えたばかりか、この15年あまりでも2008年11月のムンバイ・テロではパキスタンに拠点を置く過激派組織の関与が疑われていること、2019年2月にカシミールで発生したテロへの報復としてインドがパキスタン領内に空から攻撃を行ったことなどから、きわめて厳しい状態が続いている。かつて、トルクメニスタンからアフガニスタン、パキスタンを経由してインドまで天然ガスのパイプラインを敷設する構想(4カ国の頭文字を取ってTAPIと呼ばれた)があったが、いまや実現可能性のあるものとして捉えられることはまずない。

 このため、パキスタンを迂回して中央アジアにアクセスすることがインドにとっては自然な選択となった。そこでまず推進されたのは、ムンバイなどから海路でイランにアクセスし、さらにアフガニスタンを経由するルートだった。イラン南東部、パキスタンとの国境に近いチャーバハール港の開発に参画したのは、一義的にはアフガニスタンへのアクセス改善があるが、その先の中央アジアとの接続をも見据えたものだった。

 ところが、2021年8月にアフガニスタンでターリバーンが政権を再奪取したことで、状況は大きく変わった。インドはカルザイ、その後のガニー政権を積極的に支援する一方、パキスタンが一定の影響力を有するとされるターリバーンとはほとんど接触がなかった。インドに限らず国際社会がターリバーン暫定政権との外交関係樹立を避けるなか、国際的なコネクティビティ強化プロジェクトを推進できる状況ではなくなってしまったのである※6

 

国際南北輸送回廊構想の持つポテンシャル

 そこで昨今、関心が高まっているのが「国際南北輸送回廊」(INSTC)構想である。同構想はインドのムンバイから海路でイランのバンダル・アッバース港に出て、陸路でイランとコーカサスを北上してロシアのサンクトペテルブルクまで、全長7200kmにおよぶルートを整備するというものである。2000年にインド、ロシア、イランの3か国によって協定が結ばれ、その後コーカサスや中央アジア諸国等が加わったが、現在に至るまで運用が開始されるには至っていない。2022年7月にはロシアからの物資がINSTCのルートで初めてインドまで輸送されたことが報じられたが、その後継続的に実施されてはいないようである。しかしここで注目すべきは、このときの輸送が当初のメインルートと位置づけられていたコーカサス経由ではなく、ロシアからカザフスタンとトルクメニスタンを経由してイランに抜けるルートだったことである※7。カザフスタン〜トルクメニスタン〜イランの間には2014年に鉄道が開通しており(頭文字を取ってKTIと呼ばれる)、これを活用したと見られる。

 インド側も、INSTCを中央アジアとのコネクティビティ強化に活用したいとの姿勢を鮮明にしている。2023年7月のSCOサミットでの演説で、モディ首相はINSTCについて「陸に閉ざされた中央アジア諸国にインド洋へのアクセスを提供する安全で効率的なルートになる」と意義を強調した。同時に、SCOにイランが加盟したことにも言及しつつ、イランのチャーバハール港を最大限活用すべきであるとの考えも提唱した※8。前述のとおり、INSTCはインドからロシアまでをつなぐ回廊として始まった構想だが、中央アジアへのアクセスという役割が加わることで、新たな重要性を帯びていると言える。2016年4月にウズベキスタン、トルクメニスタン、イランなどによって署名されたアシガバート協定は中央アジアの貿易や交通の促進を謳うものだが、インドも2018年に同協定に参加している※9。これらのイニシアチブが効果的につながれば、インドにとって中央アジアはより近い存在になりうる。

 

おわりに

 本稿では、インドが中央アジアへの関与を増大させている一方で、コネクティビティの問題が障害になっていることを指摘した。当初有力なルートとして考えられたチャーバハールからアフガニスタンを経由するルートはターリバーン暫定政権の復活によって頓挫してしまったが、代替案としてINSTCの東ルート、すなわちイランからトルクメニスタン、カザフスタンに至るルートがあることを示した。

 今後はこのルートが実際に運用可能なのかが課題となってくる。ロシアからインドまでのINSTC経由の物資輸送は2022年7月に行われただけで、その後同様の試みはなされていないようである。これには道路や鉄道、港湾といったインフラ面の技術的課題(およびロシアとイランに対する経済制裁による資金調達の困難さ)に加え、ロシアによるウクライナ侵攻が長期化する中でインドとしても殊更ロシア寄りと見られる動きに慎重になっていること、イラン情勢の不透明さ、中央アジア諸国側の思惑の差異といった政治的な要因があるのではないかと考えられる。INSTCに関して言えば、西ルート(コーカサス)とカスピ海縦断ルートもあり、どれを優先して進めるかという課題もあるだろう。インドとしては、これらの課題をクリアするべくいかなるイニシアチブをとっていくかが、対中央アジア関与の試金石となろう。

 

筆者略歴

笠井 亮平(かさい りょうへい)

岐阜女子大学南アジア研究センター特別客員准教授。専門は南アジアの国際関係、インド・パキスタンの政治、日印関係史。著書に『第三の大国 インドの思考』、『インパールの戦い』、訳書にジャイシャンカル『インド外交の流儀』など。

 

※『MEIJコメンタリー』 は、「中東ユーラシアにおける日本外交の役割」事業の一環で開設されたもので、中東調査会研究員および研究会外部委員が、中東地域秩序の再編と大国主導の連結性戦略について考察し、時事情勢の解説をタイムリーに配信してゆくものです。

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