調査研究 政策提言

2023年度外交・安全保障事業

  • コメンタリー
  • 公開日:2024/03/01

イラン外交の多角化と連結性戦略 ――チャーバハール港開発と国際南北輸送回廊(INSTC)に着目して

MEIJコメンタリーNo.4

中東調査会 研究主幹 青木健太

はじめに:イランの多角的外交と連結性の強化

 2022年から2023年初頭にかけて、イランはヒジャーブ(頭髪を覆うベール)強制着用への抗議デモ、ロシアへのドローン供与疑惑、ウラン濃縮度の高まりなどを背景に地域・国際的な孤立を深めた。しかし、最近、イランを取り巻く状況は好転しつつあるようだ。イランが2023年3月10日、中国の仲介により、サウジアラビアと7年ぶりに国交正常化で合意したことは記憶に新しい。

 この他、上海協力機構(SCO)への加盟(2023年7月4日)、BRICSへの新規加盟承認(2023年8月24日)、そして、中国、ロシア、南米との急速な政治・経済関係の強化なども見られる。総じて、イランが多国間主義を重視する姿勢が顕著となっている。

 こうした状況を踏まえ、本稿では、イラン南東部シースターン・バローチスターン州チャーバハール港における現地調査を基に、イランが地域とどのように連結しようとしているのか、その戦略について考察したい。チャーバハール港に着目する理由は、台頭著しいインドが同港に莫大な投資をするなど政治・経済的重要性から高い関心を寄せており、広範な影響が見込まれるためである。その上で、インドからイランとコーカサス地方(カスピ海)を経由してロシアまでを結ぶ複合輸送ルートである国際南北輸送回廊(INSTC)の実態についても説明し、日本が果たし得る役割について検討したい。

 

イランの対外政策の基本指針とライーシー政権期における変化

 チャーバハール港開発の具体的な様態の検討に入る前に、そもそもイランがどのような対外政策方針を掲げてきたのかについて、簡単に確認しておこう。

 1979年2月に成立したイラン現体制の対外政策は、初代最高指導者ホメイニー師の国際体制観に依拠する側面が強く、加えて国教シーア派12イマーム派の教義、並びに、国益追求に重きを置く現実主義的視座などの複合的要因から構成されている。ホメイニー師の国際体制観は、宗主国-属国関係、不正義・不公正との闘い、被抑圧民への支援、超大国への抵抗、米国への反対、ムスリムの防衛、パレスチナ人民への支持、イスラエルへの抵抗、「東でも西でもない」に代表される東西不偏の原則などによって表現することができる。これら基本原則は、時代を経てなお、大きくは変わってはいないといえる。

 続いて、イランの対外政策決定過程であるが、これは必ずしも最高指導者の一存で決まるわけではない。最高指導者の他にも、監督者評議会、大統領、外務省、革命防衛隊、イスラーム議会、国家最高安全保障評議会などの多くのアクターが関わっている他、憲法規定も大きく影響する。このため、時々の政局次第で、イランの対外政策は大なり小なり変化を繰り返してきた。

 それでは、ライーシー政権の対外政策はどのように変化してきたのだろうか。ライーシー大統領は就任演説(2021年8月)で「革命の第2歩」という言葉を用いた。ここに見て取れるように、同政権に革命の理念が継承されていると想定すれば、同大統領の施政方針は革命の基本原則から大きく外れないことが理解できる。同大統領が用いる「均衡の取れた外交政策」という言葉からは、東西不偏の原則を踏襲しつつ、近隣諸国を重視する傾向がわかる。

 他方、イラン国内では議会選挙(2020年)、大統領選挙(2021年)を経て、保守強硬派の声が着実に強まっている点は看過できない。とりわけ、ロウハーニー前大統領の進めた国際協調路線が、トランプ米前大統領による核合意離脱(2018年5月)と「最大限の圧力」キャンペーンによって失敗したことは、その後のイランの対外政策に大きな影響を与えた。対米関係の行き詰まりを受けて、イランは制裁の「中和」を目指し、外交の多角化(中露との接近)を余儀なくされたといえる。言い換えれば、ロウハーニー前政権が目指した欧米偏重の外交から多国間主義外交にシフトせざるを得なかったのである。

 

チャーバハール港開発に見るイランの連結性戦略

 それでは、こうしたイラン対外政策の変遷を踏まえて、チャーバハール港(図表1)の事例を詳しく見ていきたい。

 

図表1 INSTCの輸送経路とチャーバハール港の位置関係

(出所)公開情報を元に筆者作成。

 

 チャーバハール港は、イラン南東部シースターン・バローチスターン州にある、オマーン湾に面した深水港である。同州の住民の多くは、パキスタン、アフガニスタン、オマーンなどの近隣諸国に跨って暮らすバローチ人である。18世紀から19世紀半ばまでのオマーン海洋帝国時代には、飛地であったグワーダル(注:1958年にパキスタンに帰属)に準じてオマーンの属領のように位置づけられていた。その後、1973年にチャーバハール港のマスタープランが制定され、次第にインフラ開発が進んだ。

 イラン・イラク戦争(1980~1988年)下では、ホルムズ海峡の外側にあるという地理的特性から、物資の輸出面で活躍した。同戦争によって開発は遅れたが、1993年に自由貿易特区(FTZ)が設けられ、外国からの投資が奨励されるようになった。そして、2001年9月11日の米国同時多発テロ事件とその後の米英有志連合によるアフガニスタン軍事介入を受け、アフガニスタンの復興支援が国際社会にとっての課題に浮上した中、海上輸送ルートとしてチャーバハール港の重要性が増した。2003年、インドがイランとチャーバハール港開発を進めることで合意し、2016年5月には、アフガニスタン、イラン、インドの3カ国協定が締結された。こうして、パキスタンのグワーダル港との対比も相俟って、チャーバハール港に大きな期待が寄せられるようになったのである。

 チャーバハール港は、港湾整備に限定されず、石油化学コンプレックスや製鉄所などをも含んだ、複合的且つ総合的な開発が推進されている点に大きな特徴がある。港湾に関しては、コンテナの荷卸しを行うガントリークレーンが、2つの埠頭の内の1つシャヒード・ベヘシュティー埠頭に11基備わっており、実際に貨物の揚げ下ろしを行っている(2023年8月、筆者による現地調査に基づく、写真1)。同埠頭の外には連日、アフガニスタン向けの小麦を積むべく、多くのトラックが列を成している(写真2)。

 

写真1 シャヒード・ベヘシュティー埠頭の様子

(出所)筆者撮影。

 

写真2 チャーバハール港の外で列をなすトラック

(出所)筆者撮影。

 

 また、周辺の鉄道敷設計画が進められているが、本稿執筆時点(2024年2月下旬)において、チャーバハールと州都ザーヘダーンを結ぶ鉄道は未接続であり、本格的な稼働までにはなお時間を要する状況である。同区間の接続が完了すれば、ムンバイ(インド)から到着した貨物をイラン国内経由で、アフガニスタン、中央アジア諸国、コーカサス地方、およびロシアに輸送することがより容易になるだろう。またチャーバハール国際大学、チャーバハール海事大学などの高等教育機関が、地域諸国の学生を集めて英語による教育・研究を行う計画を進めている他、住宅地区ではテヘランなどの国内大都市に住むイラン人や外国人投資家の流入による建設ラッシュが起こっている(写真3)。

 

写真3 建設ラッシュが起こっている住宅地区

(出所)筆者撮影。

 

 同港の外国との関係に目を向ければ、米国は2018年11月から同港を経済制裁の対象から免除している。この背景には、米国が、チャーバハールに多大な投資をするインド、および、その受益者の一つであるアフガニスタンの人道的目的に配慮したことが指摘されている。インドはこれまでに500億ドルの投資表明を行っており、埠頭には運営権を有するインド港湾グローバル会社(IPGL)が事務所を構える(写真4)。この点、インドの大きなプレゼンスが確保されているといえる。他方で、2021年のアフガニスタン政権崩壊とターリバーン復権を経て、インドにとってのチャーバハール港開発の優先順位が下がっている可能性もある。そうした中、ロシアや中国の存在感が増している。なお、日本は、政府開発援助(ODA)案件を3件実施しているものの、民間企業は2次制裁への警戒もあり、FTZでの投資などにはほぼ着手していないのが現状である。

 

写真4 チャーバハール港に構えるIPGL事務所

(出所)2023年8月、筆者撮影。

 

チャーバハール港開発と国際南北輸送回廊(INSTC)の地域的つながり

 以上のように、チャーバハール港開発は、インドの観点からだけでは網羅しきれない多面性を有している。以下、イランの観点から連結性戦略を考察するとともに、主要アクターであるインド、そして、ロシアの各々の観点を分析したい。

 イランの観点からすると、チャーバハール港開発は地域でのハブとしての役割を担う上で重要である。ムンバイからチャーバハール港を経由した積荷は、陸路(将来的には鉄道)でアフガニスタンや中央アジア諸国に到達できる。また、現在、イランの海上輸送はバンダル・アッバース港に集中しており、ホルムズ海峡以西の港への過剰負担を軽減する意味合いもある。国内的には、いわば「辺境」ともいえるシースターン・バローチスターン州の開発に資する点も重要である。多民族国家イランでは、少数民族の社会的疎外や不満を汲み取ることが政治的安定のために不可欠であり、チャーバハールでのFTZ開発はこれに資する。そして重要なことに、有事の際の代替港としての活用に適している点が指摘される。チャーバハール港はホルムズ海峡の外側に位置しており、仮にイラン体制指導部がホルムズ海峡封鎖オプションを選択した場合にも、イランはチャーバハール港を通じて物資を出し入れすることが可能である。この点、商業的側面に加えて、戦略的側面も考慮される必要がある。

 次に、インドの観点からすると、チャーバハール港開発は中国・パキスタンへの牽制として機能している。両国は中国・パキスタン経済回廊(CPEC)を推進しており、その玄関口であるグワーダル港開発を積極的に推進している。これに対し、インドは、グワーダル港の西方160キロメートルに位置するチャーバハール港に投資することで、CPECに対抗しているのだろう。また、インドが掲げる拡大近隣の一角である中央アジア諸国との連結政策(「コネクト・セントラル・アジア」政策)に資する点も重要である。なお、アフガニスタンの経済復興にも役立つ点は、インドをチャーバハール港開発に関わらせている大きな要因の一つである。

 もう一つの主要アクターが、INSTCを通じチャーバハール港を介してインドにつながりたいロシアである。2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻以降、欧米諸国が対ロシア制裁を強化したことで、ロシアは戦時経済のやりくりに追われた。そうした中、ロシアにとってイランは重要な政治・経済的パートナーとして浮上した。ロシアにとり、バンダル・アッバース港、およびチャーバハール港を経由してインドに接続するINSTCの重要性が増している。2023年5月、ロシアがイランと、イラン国内にあるカスピ海に近い町ラシュトとアゼルバイジャン国境付近の町アスタラの間の鉄道敷設に合意したことは、ロシアの関心の高さを示している。同区間、並びに、ラシュトとアンザリー港(カスピ海沿岸の港町)との間の鉄道敷設が完了すれば、INSTCの実効性はより高まるだろう。

 全体的に、ロシア・ウクライナ戦争、ガザ戦争が平行して進む国際環境の中で、チャーバハール港開発およびINSTC整備に向けた、イラン、インド、ロシアの思惑が一致している。

 

おわりに:日本の「自由で開かれたインド太平洋」への含意

 最後に、本稿で取り上げたチャーバハール港開発とINSTCが日本にとって何を意味するのかを検討し、結論に代えたい。日本は2016年に「自由で開かれたインド太平洋」構想を提唱し、インド太平洋地域の連結性を高め、力や威圧ではなく、自由と法の支配を押し広げ、豊かな場としてゆく方針を示してきた。近隣諸国による「力による現状変更の試み」が顕在化する状況下、いずれの国もが安定と繫栄を享受することの重要性は増しており、ホルムズ海峡や紅海などでの航行の自由の確保は、貿易立国たる日本の国益に資する。日本のチャーバハール港開発とINSTCへの関与は、日・イラン、および、日印の協力の一環として、さらにはアフガニスタンの復興に資するものとも位置づけられよう。

 他方、日本はアジアの一角という顔だけではなく、G7メンバーの一員としての顔も持つ。G7の結束との観点から見ると、日本がチャーバハール港開発とINSTC整備を支援することは、ウクライナの領土の一体性を脅かしたロシアを手助けすることになりかねない。チャーバハール港には商業的利用に加えて、直接ないしは間接的な軍事的利用の可能性も拭いきれず、この点も大きな課題となろう。日本としては、両側面を仔細に検討して、具体的関与の在り方を決定すべきだ。従来、日本は「ASEANの中心性」を重視してきた一方、インド太平洋の西端には充分な注意を払ってこなかった。FOIP構想を掲げる日本としては、イランやオマーンなど、インド洋西海域との連結性に対し、より一層力を入れていくべきであろう。

 

筆者略歴

青木 健太(あおき けんた)

公益財団法人中東調査会研究主幹。2001年上智大学卒業、2005年英ブラッドフォード大学大学院平和学修士課程修了(平和学修士)。専門は現代アフガニスタン・イラン政治。アフガニスタン政府省庁アドバイザー、在アフガニスタン日本国大使館二等書記官、外務省国際情報統括官組織専門分析員、お茶の水女子大学講師等を経て現職。著作に、『タリバン台頭』(岩波書店、2022年)、『アフガニスタンの素顔』(光文社、2023年)、「イランの外交政策におけるグローバル・サウス」(『中東研究』第549 号、2024年)他。

 

 

※『MEIJコメンタリー』 は、「中東ユーラシアにおける日本外交の役割」事業の一環で開設されたもので、中東調査会研究員および研究会外部委員が、中東地域秩序の再編と大国主導の連結性戦略について考察し、時事情勢の解説をタイムリーに配信してゆくものです。

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