№27 シリア:北東シリア自治当局に対し小麦の買い付け価格について抗議行動が起きる
2024年5月27日、クルド民族主義勢力を中心とする勢力が占拠する地域で、同地域の統治を担う北東シリア自治当局に対する抗議行動が始まった。抗議行動は、自治当局が2024年の小麦の買い付け価格として決定した1kgあたり31セント(約4600シリア・ポンド。以下SP)が安すぎると主張する生産者によるもので、参加者らはラッカ市内で無期限の座り込みを行うと述べた。自治当局の与党である民主統一党(PYD)に反対する諸党派やクルド国民評議会(KNC)は、抗議行動への支持を表明する声明を発表した。
北東シリア自治当局の占拠地域では、2023年には小麦1㎏あたり43セントの買い付け価格が設定されていたが、今期はこれが引き下げられた。これに対し、生産者は灌漑農地では灌漑にかかる経費が高騰し、非灌漑地では収穫量が思わしくないと主張し、買い付け価格の引き上げを要求している。5月27日付『シャルク・アウサト』紙(サウジ資本の汎アラブ紙)は、自治当局の占拠下のダイル・ザウル県では、出荷所に着いたトラックが価格への不満から荷下ろしを拒否して引き上げたと報じている。このような状況に対し、自治当局高官は小麦の戦略備蓄は2023年の収量で十分ある上、自治当局には優遇価格で小麦を買い付ける余裕がないと述べた。同高官は生産者の不満について、小麦の販売先は自治当局だけではないと述べ、生産者たちにはシリア政府向けに出荷するという選択肢があることを示唆した。なお、シリア政府は2024年の小麦の買い付け価格を1㎏あたり5500SPと設定している。
また、北東シリア自治当局は、先週パン1袋の価格を1000SPから1500SPに引き上げたほか、2023年9月にはマゾート(暖房などに利用する燃料)の価格を3倍以上に引き上げている。
評価
クルド民族主義勢力が占拠するハサカ、ラッカ、ダイル・ザウルの3県は、シリア国内の農業地域として知られており、紛争勃発前はこの3県でシリア国内の小麦の生産量のおよそ6割を産出していたと考えられていた。紛争勃発後も、この地域で産出される穀物がどの当事者により多く出荷されるかが関心事となっており、北東シリア自治当局とシリア政府の間で、買い付け価格の設定や検問所の設置などの物理的な妨害も含め小麦の買い付け競争が繰り広げられてきた。自治当局側が買い付けた小麦をシリア国外で販売するという選択肢は、自治当局の与党であるPYDをテロ組織とみなし軍事攻撃を繰り返すトルコ、降水量が若干改善して今期については小麦の自給が可能と思われるイラクに囲まれる中で容易ではない。この地域の生産者のうちどれほどが小麦をシリア政府向けに出荷するかは定かではないが、自治当局側が過去数年続いてきた買い付け競争を降りた形となった点は興味深い。
なお、PYDはシリア北東部の占拠と「自治」でクルド民族主義勢力の他の党派を排斥した権威主義的な統治体制を敷いている。今般の抗議行動に同調する声明を発表したKNCなども、「自治」の政治過程から排除された党派だ。シリアの社会・経済状況については、政府の制圧地域での生活水準の悪化やイドリブ県などのイスラーム過激派の占拠地域の状況についての報道が多いが、今般の報道はクルド民族主義勢力の占拠地域でも権威主義的な統治の下で経済的な苦境が続いていることを示すものとして重要だ。
(協力研究員 髙岡 豊)
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