№97 シリア:ロシアの軍事行動
ロシアによるシリアでの軍事行動は、航空機・ヘリによる攻撃に加え、カスピ海の艦隊からの長距離巡航ミサイルによる攻撃に拡大した。また、2015年10月7日からは、ハマ県、イドリブ県方面でロシアの航空戦力とシリア軍の地上部隊が連携した、「ヌスラ戦線」などのテロ組織への攻撃作戦が始まった。一方、アメリカが主導する「イスラーム国」対策のための連合軍は、従来どおり1日あたり20件程度の爆撃を実施しているが、シリア領内での攻撃の件数はごくわずか(7日には2件実施)にとどまっている。また、アメリカ軍はイラクがバグダードにロシア、イラン、シリアとの諜報情報交換のための拠点を設置することに同意した「懲罰」としてアンバール県で作戦のための情報提供を停止した。
アメリカ政府はロシアがシリアでの軍事行動を拡大していることについて、ロシアが実施している攻撃の9割以上は「イスラーム国」でもアル=カーイダと結びつく諸派でもなく、アサド政権と戦う「穏健な」武装勢力諸派であると主張した。
評価
シリア国内で活動する武装勢力諸派を、「穏健な(=良い)」武装勢力と「過激な(=悪い)」武装勢力とに区別し、前者を支援・擁護する発想は、シリア紛争でアメリカ、サウジ、トルコ側の陣営にとってのみ意味がある発想である。この陣営はシリア紛争では最初にアサド政権を排除し、その後のシリアの治安・統治、地域の安全保障については「後で考える」との立場である。また、アサド政権の放逐についても、その後の処置についても、実際にそのための費用を負担する主体を全く構想していない。この陣営の立場に立てば、アサド政権を攻撃してさえいればどのような性質の武装勢力であれ「穏健な」武装勢力に加えうる。実際、アメリカがシリアの武装勢力に与えた武器などの援助が、「穏健な」武装勢力を通じて「イスラーム国」などに送られたに過ぎないとの指摘は、アメリカの議会や諜報筋でも取りざたされている模様である。
これに対し、ロシアやイランの立場は、シリア政府を援護してイスラーム過激派をはじめとする武装勢力諸派を鎮圧し、しかる後にシリア紛争の政治解決の道筋をつけるべきだというものである。この立場に立つと、イスラーム過激派などとの戦闘でコストを負担する主体が明らかにはなるが、民主主義や人権、シリア・アラブ共和国における政治体制の刷新などは争点とはならない。また、この陣営にとっては、シリア国内の武装勢力の良し悪しを区別する意味は全くない。武装勢力の末端の戦闘員が、目先の戦局や資源獲得の可能性に応じて安易に所属を変えている実態が、こうした判断の根拠となっていることだろう。
9月末の国連総会でのプーチン大統領とオバマ大統領の両者の演説がシリア紛争について好対照を成したように、シリア紛争の当事者間で情勢認識や対処方針を調整するのは容易ではない。それどころか、ロシアが軍事行動を強化するにつれ、両陣営はシリア紛争に関する情勢認識や対処方針を相互に非難しあう傾向を強めている。この文脈では、アメリカと同国に庇護される「反体制派」がロシアとシリア軍による軍事行動について民間人や文化財の被害を強調して、軍事行動を「有害・無差別」と非難することは当然のことといえよう。一方、ロシアとシリアにとっては「イスラーム国」、「ヌスラ戦線」とそれ以外の武装勢力を区別し、後者を攻撃しないことに政治的・軍事的価値はないし、当面はロシア軍の拠点と比較的近い地域で活動する、「ヌスラ戦線」、「シャーム自由人運動」、及びこの両派を主力とする「ファトフ軍」が攻撃対象となることは当然のことである。
とはいえ、紛争当事者の陣営のいずれかに与し、他陣営の行動を非難するだけでは紛争についての分析や考察をしたとはいえない。実際、アメリカ系の研究機関にはシリア政府軍による「民間人に対する無差別爆撃」の意図や効果を分析したものもある。例えば、Carnegie Middle East CenterのKhedar Khaddour客員研究員は、2015年7月8日付の報告書で、シリア政府は政府が国民向けの物品やサービス提供機能を防衛することによって体制の護持・強化を図っており、(「反体制」側に)代替的な機能が創出されそうな場合はそれを徹底的に破壊すると分析している。すなわち、これまで政府軍が武装勢力に占拠された地域の政府機関・教育機関・病院・教育機関・その他社会資本を攻撃・破壊したのは、敵方の生産能力や社会の経営能力を奪うという総力戦の発想に基づくものであり、「宗派の違い」に起因する憎悪や差別主義、或いは「独裁者の残忍性」などの言辞で情緒的に説明すべきものではない。民間人の被害を強調したり、「無差別攻撃」を非難したりすることは、敵対者に対する非難としては当然ありうることではあるが、そうした言辞を弄することで思考停止に陥り、紛争当事者の意図や行動の意味などについての考察と分析を怠ってはならないのである。
(主席研究員 髙岡 豊)
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