中東かわら版

№26 サウジアラビア:「イスラーム国」が爆破事件に犯行声明を発表

2015年5月22日、サウジの東部州カティーフ市内のシーア派のモスクで、爆破事件が発生した。爆破は礼拝時間中に起こったため、モスクに来ていた者多数が死傷した。これについて、インターネットに「イスラーム国 ナジュド州」名義で犯行声明が投稿され、「殉教作戦」実行者「アブー・アーミル・ナジュディー」がラーフィダ(=「イスラーム国」やアル=カーイダ、及び彼らに同調する者が用いるシーア派に対する蔑称)の神殿に殉教作戦を実施したと主張した。なお、声明はこの種の作戦に対してかつて寄せられた、或いは今後寄せられるであろう非難に対し全く聞く耳を持たない旨宣言すると共に、ラーフィダをアラビア半島から追い出すと脅迫した。

 

写真:「イスラーム国 ナジュド州」が発表したアブー・アーミル・ナジュディーの姿

 

 また、5月14日に出回った「イスラーム国」の首領のアブー・バクル・バグダーディーの演説では、サウジが主導するイエメンへの空爆に言及し、サルール家(=サウード家の蔑称)が十字軍の手先であると非難している。なお、この演説では連日ネット上でイスラーム過激派の様々な個人・組織が行うバグダーディーへの忠誠表明の中で西アフリカ、ホラサーン、イエメンの諸派の忠誠表明にだけ言及し、「ナジュド州」には触れていない。

 

 サウジの最高ムフティーのアブドゥルアジーズ・アール・シャイフ師は、今般の爆破事件を国民や秩序・世論を分裂されることを意図した、イスラームに背く犯罪と非難した。

 

評価

これまで、「イスラーム国」に忠誠を表明した団体として「ナジュド州」なるものが公式に認められたことはなかったが、今般の声明は「イスラーム国」の広報で用いられる書式に則り、「イスラーム国」の広報の経路として有力な掲示板サイトで「イスラーム国」の声明として掲載された。従来「イスラーム国」はサウジ国内での攻撃の実績がほとんどなかったが、今後も同様の攻撃やサウジの官憲との衝突が発生するか警戒を要する。しかし、「イスラーム国」にとって、サウジはヒト・モノ・カネなどの資源を調達する一大拠点となっており、人員に限ってみても「イスラーム国」に合流するためにシリア・イラクに密入国した外国人戦闘員の国籍別集計では常にチュニジアに次いで第2位の人材供給国である。ここから、「イスラーム国」やその同調者たちがサウジ国内で資源調達活動を組織的に行っていることはほぼ確実であろうが、「イスラーム国」がサウジ国内で同国の官憲と衝突し、資源の調達が妨げられるような結果につながることは同派にとって極めて非生産的な行動である。それ故、事件について出回った犯行声明でこれまでの非難、或いは今後の非難に聞く耳を持たない、と表明している文言は、「イスラーム国」と対立する政府・宗教界に向けられているだけでなく、「イスラーム国」の運営という観点からサウジを兵站拠点とし、同国の官憲との衝突を避けようとする同派内部の戦術家のような人々にも向けられている可能性がある。

サウジ国内でのイスラーム過激派による武装闘争については、2003年ごろから2006年ごろにかけて「二聖地の国のアル=カーイダ」を名乗る主体が外国権益やサウジの官憲への攻撃を繰り返した末、壊滅した。サウジ当局が同派の鎮圧に成功した理由としては、以下が挙げられている。

  1. 2003年ごろの国際情勢として、イスラーム過激派の武装闘争の舞台はイラクやアフガニスタンと考えられており、サウジ国内の支持者がこれを支援しなかった。
  2. サウジ当局が、武力による弾圧以外にもイスラーム過激派の思想改造などの対策を講じ、これが功を奏した。
  3. 当時戦闘員として武装闘争に参加しようとする者は、多くがイラクに潜入し、サウジ国内での武装闘争に戦闘員を勧誘できなかった。

 

このような経験は、今後「イスラーム国」がサウジでどのような活動を展開するか予測する上で参考となろう。現在も、「イスラーム国」は世界各国で調達した資源をシリア・イラクでの戦線に投入することにより戦果を上げており、シリア・イラクでの活動のための資源調達を妨げられたり、資源を使用する先が分散することは同派にとって望ましいことではない。また、サウジ国内にいるイスラーム過激派の支持者・支援者たちにとっても、「二聖地の国のアル=カーイダ」の発生と鎮圧の過程に鑑みれば、彼らが自分たちの身近で破壊と殺戮が常態化することを欲してはいないのではないかと思われる。これに関連して、14日に出回ったバグダーディーの演説はサウード家を非難しているものの、演説の趣旨は依然として「イスラーム国」への「ヒジュラ(=移住)」であり、「イスラーム国」の同調者が現在の居住地で蜂起すべき局面はこの「ヒジュラ」を行うことができない場合と位置づけられている。

 

こうした状況下では、犯行声明が攻撃対象を専らサウジ国内のシーア派に限定している点に注目する必要がある。これまで、「イスラーム国」や「ヌスラ戦線」などシリアやイラクで活動するイスラーム過激派諸派は、欧米諸国やその権益に対する攻撃や敵意の表明を最低限に抑え、欧米諸国・サウジなどのアラブ諸国にとって好ましい存在ではない、シリア政府、イラク政府、イラン、ヒズブッラーを攻撃対象とすることにより、世界各地での資源の調達や現場での活動の安寧を図ってきた。また、サウジやカタルが出資するアラビア語の有力報道機関も、これらの報道機関が「シーア派勢力」と位置づける主体に対する「イスラーム国」などによる破壊と殺戮を、あたかも「戦果」であるかのような論調で報道し、「イスラーム国」、「ヌスラ戦線」のようなテロ組織の存在と活動を正当化する役割を演じているものがある。すなわち、「イスラーム国」がサウジ国内での活動を本格化させるならば、同派は犯行声明で主張した通り専らシーア派を敵視・攻撃し、自らの行為がサウジ政府やこれまでの支援者たちの害にならないことを強調した広報活動を行うことが予想されるのである。

 

ただし、仮に「イスラーム国」がシーア派のみを敵視してサウジ国内で活動したとしても、国内の騒擾につながる行為がサウジの官憲や、同国内のイスラーム過激派支援者に受け入れられるとは限らない。サウジ政府や報道機関は、外交的にはイランとその友好勢力をシーア派勢力として敵視し、自らがスンナ派を代表してこれらと対峙しているかのような構図を演出したきた。その一方で、サウジ国内に居住するシーア派に対しては、様々な差別待遇や宗教実践上の抑圧が国際的に広く知られているにも拘らず、シーア派住民の抗議行動や東部州の治安事案については宗派主義的に解釈してこなかった。すなわち、サウジ政府は、自国の外での紛争は「宗派紛争」として対処する一方、「イスラーム国」のような主体が国内で「宗派紛争」を扇動することは望むところではないのである。

 

今後「イスラーム国」の活動がサウジ国内での石油の生産や流通に影響を及ぼす可能性についても、同派が声明でシーア派に対してだけ敵意を表明している点に注目すべきである。サウジ国内の石油権益に対する攻撃は、かつてビン・ラーディンも扇動したことがある。しかし、ビン・ラーディンは十字軍やそれに追従するサウジなどに経済的に打撃を与える、という観点から石油権益への攻撃を扇動したのであって、宗派主義的な動機で攻撃をしたり、サウジの東部州での治安騒擾を起こしたりするとの趣旨で扇動したわけではない。この点からも、「イスラーム国」がサウジ国内での活動を本格化させる場合は、「イスラーム国」を正当化するような政治的環境を保つためにも、攻撃対処はシーア派に限定され、サウジの官憲や石油施設には関心を向けないことが予想される。

(イスラーム過激派モニター班)

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